「この結婚はなかったことにしてほしい、お互いのためだ」と言われましたが……ごめんなさい!私は代役です
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扉の前では、メアリーが床に座り込んで、食器類を片付けているふりをしている━━念入りに衣装を汚した後に。転がった水差しを拾い上げて、残った僅かな水を自身のスカートにかけていく。

「これでは足りないわ」と、散乱した食べ物を素手で掴み、目立つように上半身の衣服に擦り付けることも忘れなかった。そしてしゃがみ込むと、敢えて割れたお皿を片付けるふりをする。気づいてくださいと言わんばかりに、メアリーはしくしく泣いたふりをしている。

「そこで何をしている?」
背後から男性の声がかかり、ぱぁっと顔が綻びそうになるのを必死に堪える。
「ぐすっ、聞いてください、旦那様!」
メアリーは勢いよく立ち上がり振り向くと、声の主へと駆け寄り、あわよくば抱きつこうとした。
「お下がり下さい、アラン様」
そうはさせまいと、メアリーの行く手を阻むように一人の若い男性が立ち塞がる。

肩下まであるシルバーグレーのサラサラとした髪を、一つに束ねて、縁なしの眼鏡をかけた20代後半の男性。
アランのあらゆる業務の補佐をこなしており、従兄弟でもあるルーク・カシウス━━カシウス伯爵家三男だ。

「ルーク、他人行儀な呼び方はやめてくれないか」
「いいえ、アラン様こそいい加減呼び慣れてください。私はアラン様にお仕えすると決めたのです」
「余っている爵位もあるのに、なんでわざわざ私に仕える道を選ぶのか不思議でならない」
「それは腕輪の━━」
「ルーク様、邪魔です! 旦那様にお伝えしたいことがあるのです」
メアリーはルークの後方に佇むアランめがけて飛び出した。
「きゃぁっ、ちょっと‼︎ なにするのよー!」
ルークは素早く落ちていたテーブルクロスを拾うと、メアリーを包むように拘束した。
「そのような格好でアラン様に近づかないでください!自作自演ですよね?」
「なっ! ぐすっ、ひどーい、ルーク様。 旦那様、聞いてください! 私、フィオーリ様に朝食をお持ちしたのです。 旦那様の婚約者様ですもの。それなのに……ぐすっ、こんなもの食べられないわ!っと私を突き飛ばして、ワゴンごとひっくり返しのですっ! ひどいと思いませんか? 私はっ、ぐすっ」

「言いたいことはそれだけですか?随分とお粗末ですね。その手の汚れはどうしたのです? まるで食べ物を手掴みしたように見えますが?」

「これはっ、違うのですっ、いたたた!痛いです、助けてください、旦那様!」
ルークはテーブルクロスをぎゅうっと締め付けていく。
「ルーク、それくらいにしておけ」
「アラン様がそうおっしゃるなら」
ルークは掴んでいたテーブルクロスを一気に放す。
突如、締め付けられていたテーブルクロスから解放されて、メアリーはバランスを崩した。
「わぁ、っととと」

メアリーはよろめいて、身体を支えようと思わずドン、と扉に手をついた。

すると、ガチャリと部屋の扉が開かれた。

中からは、モアナとマーシャルに引きずられるようにフィオナが連れ出されて来た。






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