「生きること」

「え、、、異動ですか?」
わたしは言葉を失った。

「そうなんだよ。突然で悪いんだけど、来月から書類管理部に異動になってね。」
何だかバツが悪そうな顔をして蠣崎課長が言った。

書類管理部とは、「管理」と聞けばちゃんとした部署のように聞こえるが、ただ単に何年間か保管して置かないといけない書類をすし詰め状態にしてある部屋のことで、特にこれといって特別な業務はなし。
あるとすれば、調査が入ったときに書類を探し出すのと、期限が過ぎた書類の破棄くらいだ。

あの部署にいる人たちは、何かをやらかしたがクビにするのは面倒だから、とりあえず所属させておいて、自分から自主退社をするのを待っている人たちばかりだ。

「何でですか?わたし、何かしましたか?」
わたしが強い口調でそう言うと、蠣崎課長は困った顔をして目を泳がせ頭をポリポリとかいた。

「桐屋さん、深澤さんと仲悪いでしょ?」

深澤さんとは、同じ部署ではないが同じフロアで働く隣の部署のお局様だ。
もう50も近いというのに、猫撫声で上司たちに気に入られようと必死で、蠣崎課長の愛人という噂もある。

確かにわたしは深澤さんとは、仲が良いとは言えない。
しかし、わたしは嫌がらせを受けている側だ。

挨拶をしても無視されたり、深澤さんが担当の仕事をお願いしに行くと嫌な顔をされ「わたしにやれって言うの?」と怒られたり、わたしが深澤さんが休みの日に代わりにお客様からの注文を受けておくと、なぜか「何で注文受けたの?!これ発注するの面倒なんだよ?!」とみんなに聞こえるように文句を言われたりしていた。

何より一番の原因は、新井主任の存在だったと思う。

新井主任は、つい先日昇進で違う支店に異動になったわたしの上司だった人で、深澤さんのお気に入りの主任だった。
深澤さんと同じ年齢だったが、明らかに30代後半くらいに見えて、若々しく身長も高く「イケメン主任」と周りから言われている人だった。

わたしの仕事への頑張りを認めてくれ、「昇格試験を受けてみないか?」と声をかけてくれたのが新井主任で、試験の為に色々業務を教えてもらい、試験勉強も手伝ってくれ、新井主任のおかげでわたしは無事に合格し昇格出来たのだ。

それを見て深澤さんは陰で「桐屋さんは新井主任のお気に入りだ。特別扱いされてる。」と言っていたようだった。
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