「生きること」
「あ、でも、またここに来るには、クロキさんと一緒じゃないと来れないんじゃないですか?」
わたしがそう訊くと、クロキさんは「さっき手を繋いだときに、少しだけくる実さんに僕の力を分けたので、湖に手をかざすと、またここ来れますよ。」と言った。
クロキさんがわたしに力を分けてくれた?
わたしは、クロキさんと手を繋いだ方の手を眺めた。
「それじゃあ、そろそろ戻りましょうか。」
クロキさんはそう言うと、「戻る時は満月に向かって、掌を向けてください。」と続けた。
わたしはクロキさんの言う通り、満月に向かって掌を向けた。
すると、一瞬にしてさっきの湖の前に戻って来ていた。
そして、クロキさんは「家まで送りますよ。」と言ってくれたが、わたしは「ありがとうございます、でも大丈夫です。一人で帰れますから。クロキさんは、皆さんが安心して過ごせるようにお仕事に戻ってください。」と言った。
でも本当は、もう少しクロキさんと一緒に居たかった。
「そうですか?それじゃあ、お言葉に甘えて、巡回に戻りますね。」
クロキさんはそう言ったあと、「気を付けて帰ってくださいね。」と微笑むと、スッと姿を消した。
クロキさんが仕事に戻ったあと、わたしは森の中を緑の香りを吸い込みながら、ゆっくりと散歩しながら帰宅した。
森を抜けると、さっきまでの緑が嘘のように住宅街に戻って来た。
そして、「クロダ」の表札のアパートに向かって歩き出す。
すると、「クロダ」の表札を見つける前に自分のアパートが分かってしまった。
なぜなら、あるアパートの前に舞さんが仁王立ちをして立っていたからだ。
明らかにわたしの帰りを待っているようだった。