「生きること」

わたしは、「ありがとう。」と敬ちゃん向かって言って微笑んだ。
敬ちゃんは「へへっ!」と照れ笑いを浮かべた。

「今度は敬ちゃんの番だよ。敬ちゃんは?何でここに?」
わたしがそう訊くと、敬ちゃんは胡座をかき、視線を落とした。

「俺さ、児相の施設で育ったんだ。あ、児相ってのは、児童相談所のことね?小さい頃から児相で育ったから、親の顔は分からない。何であそこに預けられたのも分からないんだぁ。」

悲しそうな表情を浮かべる敬ちゃんが必死に明るく話そうとしているのが分かった。

わたしは、「ごめん、、、」と謝った。

「え、何が?」
「いや、、、悲しいこと、思い出させちゃったかなって。」
「それは俺も同じでしょ?くる実ちゃんが話してくれたんだから、今度は俺にも話させて?」

敬ちゃんは優しく微笑むと、「俺は、大丈夫だよ!」と明るく言って見せた。
それから、敬ちゃんは自分の話を続けた。

「児童相談所の施設って聞くとさ、温かな場所に聞こえるじゃない?ほら、ドラマとかでものびのび育ててるみたいな!でもさ、実際は全然、、、あの場所は刑務所と同じようなもんだよ。」
落とした視線から空を見上げると、敬ちゃんはそう言って、何かを思い出しているように見えた。

「あの場所に居たみんなは、目に光なんてなかった。俺たちに明るい未来なんて無い、みたいな。俺も同じ。人間が怖かった。人の温かさを知らずに育ったんだ。だから、18歳になって施設を出たとき、誰も信用出来なくて、、、知り合いなんて居ないし、仕事を始めても誰とも仲良くなれなかった。ずっと一人だったんだ。」

敬ちゃんの話を聞き、わたしは涙が溢れそうになった。
しかし、泣くと敬ちゃんに失礼な気がして我慢をした。

わたしは、空を見上げる敬ちゃんに「敬ちゃん」と呼び掛けた。

敬ちゃんは「ん?」と言い、こっちを見ると、大丈夫だよ、とでも言うように微笑んで見せた。

「わたしは、敬ちゃんの味方だからね。」

わたしがそう言うと、敬ちゃんはハッとした表情に変わり、一粒の涙を流した。

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