「生きること」

誰かに手を引かれながら、細い路地裏らしきところを真っ直ぐ走っていると、突然小さな公園のような雰囲気の場所に変わり、右の角を曲がったところで「この下に隠れて」と言われ、そこにはベンチがあり、わたしは言われるままにベンチの下に隠れた。

すると、わたしをここまで連れてきた人がわたしが隠れるベンチに腰をかける。
ふと耳を澄ますと、無駄な動きが多そうなドタドタとした足音が近付いて来るのが分かった。
そして、その足音の主の足がすぐ目の前にやって来て、立ち止まった。
それから再び、わたしを探しているようにゆっくり歩き出す。

「おい、兄ちゃん。この辺に女が来なかったか?」
ボロボロの焦げ茶色のジャケットを羽織る男性の声だ。

「いえ、来ていませんよ。」

わたしをここまで連れて来た人はそう答えると「あなたは、そろそろここを卒業した方が良さそうですね。」と付け加えた。

「はぁ?」

ボロボロの焦げ茶色のジャケットの男性がそう言うと、パチンッという音が鳴り響き、わたしの視界からボロボロの焦げ茶色のジャケットの男性の足が消えてなくなった。

わたしは「え?!」という声を殺し、自分の口を塞いだ。

「もう出てきて大丈夫ですよ。」

わたしを助けてくれた男性がベンチから立ち上がりながら言った。

わたしがそっとベンチの下から這い出て来ると、男性は手を差し伸べてくれ、立ち上がる手助けをしてくれた。

「大丈夫ですか?」
男性の声は優しかった。

「あ、はい。助けていただいて、ありがとうございました。」
「あぁいう人は、ここでは珍しくないので、気をつけてくださいね。」

男性はそう言い優しく微笑むと、わたしに背を向け立ち去ろうとした。

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