「生きること」

「あ、あのぉ、、、」

わたしの呼び止める声に、男性は足を止め、キョトンとした顔で振り向いた。

「あ、、、ここって、どこなんですか?本を拾ったら、急にここに来てて、、、どうやったら、帰れますか?って、一気に色々聞いてしまってすいません。」

わたしが下向き加減でそう言うと、男性は優しく笑い首を横に振った。

「ここは、自分の居場所を失ったと感じた人が来る場所です。ちなみに、帰りたいときは僕に言ってくれれば、いつでも帰れますよ。」

ちょっと切ないことを爽やかに言う男性。

すると、ハッとした表情で「あ、自己紹介が遅れましたね。僕は、クロキといいます。よろしくお願いしますね。」と、クロキという人は言った。

クロキさんは、いかにも"ガンツ"という漫画に出てきそうな真っ黒いスーツを着ていて、短髪に黒髪、塩顔で爽やか雰囲気の人だ。

「わたしは、桐屋くる実といいます。」

わたしも自己紹介をすると、クロキさんは「くる実さん、可愛らしい名前ですね。」と言って微笑んだ。

クロキさんの微笑みを見ていると、何だかさっきまでの緊張感や今日あった嫌なことが和んで、こっちまでつられて微笑んでしまう。

「ちなみになんですけど、さっきどうやったら帰れるか聞いてましたよね?現実世界には、帰りたいですか?」

クロキさんの問いにわたしは首を横に振った。

戻ったって、何も良いことなんてない。
自分の頑張りを失った場所になんて帰りたくない。

「じゃあ、しばらく僕と一緒に居ましょうか。一人だと危ないですからね。」
そう言って、クロキさんはまた微笑んで、さっきのベンチに座るよう促してくれた。
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