前世生贄王女だったのに、今世ではとびきりの溺愛が待っていました ~片翼って生贄の隠語でしたよね?~

「ちょ、ルティ様! 私は抱き枕じゃないんですよ!」
「シズク殿はどこも柔らかくて、良い匂いがする」
「人の話を聞いてください!」
「ぐう」
「寝たふりしないで!」

 毎朝、寝起きが悪いルティ様と格闘する。これは絶対にわざとだと思う。かといって放置しておくと、この世の終わりみたいな顔で「シズク殿が起こしてくれなかった」と半日ほど凹んで使い物にならないのだ。なにをするにしても「シズク殿が手伝ってくれないと無理」と言い出すので、お客さんも最近は「旦那の気分はシズク殿次第なんだ、頼むよ」と言われてしまう始末。その認識可笑しくない?

『片翼様のお役目ですぞ』
『その通り、《片翼》だからこそ』
『《片翼》がすべきことなのです』

 前世と同じような言い回しをされてもさほど傷つかないのは、たぶん私個人、雫として見てくれているから。どうして今世では生贄のような扱いをしないの?
 やっぱり私がブリジットだと気付かれていないから?

「シズク殿、いつも起こして貰ってすみません……。どうも朝は頭の働きが遅くて……」
「そう思うのなら、寝ぼけて毎回抱きつくのは止めて欲しいです」
「それを止めたら、毎日のなにを楽しめと?」
「そんなことを楽しみにしないでください!」

 心の底から絶望しきった顔をするので、やっぱりわざとだというのが発覚。

「朝、好きな人が起こしに来る……。最高すぎるシチュエーションで抱きつくなと?」
「明日から起こしに来なくても大丈夫そうですね」
「全然大丈夫じゃない……」
「今までどうやって起きていたのです?」
「シズク殿と出会って忘れてしまったよ」

 嬉しそうに笑うので言い返すことができなかった。私に抱きつくのを毎日の楽しみだと良い、慈しむ眼差しで私を見ている。そう言われてしまったら、言葉に詰まってしまう。

「き、今日は薬草を採りに行くのでしょう。早くご飯を食べてしまいましょう」
「うん。今日の朝食はなにかな?」
「白パンと、昨日のシチュー、野菜のテリーヌに、ふわふわオムレツです」
「どれも美味しそうだ。君が来てくれてから三食しっかり食べられるし、美味しいし、ずっとうちにいてくれたら良いのだけれど」
「またそういうことを」

 冗談だ、本気じゃない。そう何度も自分の中で繰り返す。
 都合の良い家政婦兼抱き枕がほしいだけだと、割り切って深く考えない。考えてしまえば、ぐるぐると良くない思考迷路に入ってしまう。そうすると前世の記憶が傷口のようにパックリと開いて、『過去を忘れるな』と前世の自分が囁くのだ。

 所詮私は生贄で、道具だった。《片翼》など聞こえの良い名称だったのは生贄だということを秘匿するため──。
 いずれ私の正体が気付かれれば……。
 だから思考を放棄して、今を楽しむ。

 先送りしたって良いことはないのだけれど、それでも向き合う勇気が今の私にはない。だから過去の出来事に目を閉じて、ブリジットの声に耳を塞いで、口を閉じて笑顔を作る。
 ルティ様との生活は快適で、楽しいのだ。
 今はそれで充分。
 それ以上を望めば、きっと私はここに居られなくなる。そんな気がした。

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