前世生贄王女だったのに、今世ではとびきりの溺愛が待っていました ~片翼って生贄の隠語でしたよね?~
「この国に人族が単身で乗り込めると? 魔力も翼もない人族がどうやって天空都市に入れるの?」
「だ、黙れ! お前が死ねば僕の大切な友人が兄様と結ばれる。お前が求愛紋を結ばなければ、お前が傲慢にも次期王妃の座を望まなければ、祖国も、お前も長生きできたのに愚かな女だ」
「そう友人に、聞いたの?」
「そうだ。お前とは違って、嘘も吐かない大事な友達だ」

 視界が歪み、焦点が合わなくなってきた。
 ひゅー、と呼吸がもううまくできない。もう立っているのもやっとだったけれど、何とか窓側まで辿り着いた。
 胸元にある淡い光を放つハートに似た求愛紋を睨んだ。こんなものさえなければ……。

「そう。それが……本当なら、私が消えて……皆幸せになるのでしょうね」
「その通──」
「でも、もしその友人の言葉が……全て嘘だったら、貴方は……兄嫁である私を害した罪人であり、……貴方の大好きな兄様の唯一であり、適合した器(片翼)を奪い去った……元凶ってなりますわ。その覚悟がおありなのでしょうか」
「──っ!」

 そう告げた刹那、少しだけ怯んだのが分かった。
 毒も、腹部の傷も嫌がらせで本当は、この土地から追いやるだけなのだというのは分かっている。それも友人に唆されて言われたのでしょう。そうすれば万事上手くいくと。私は二人が話しているのを聞いてしまっただから。
 それとも私にわざと聞かせたのかもしれないわね。貴方の友人は、私なんかよりも狡猾で嘘つきよ。
 どうでもいいけれど。

 カタン、と窓を開いた。窓の外は漆黒の海が広がっていた。潮の香りが鼻腔をくすぐる。この時間、下が森や都市ではなくて本当に良かった。
 天狐王国は常に空を飛び、移動し続ける別名、天空都市とも呼ばれていた。水鏡で各国の様子を見守り、時に助言や罰を与える神々の代行人。
 そんな彼らすれば人族が同じ空間にいるなど許せないのでしょうね。でも片翼(生贄)は人族だけ。神様は本当に残酷なことをする。

 天狐族は寿命が長い。永遠にも近い時間の中で精々後悔すればいい。それが──私の選んだ、たった一つの復讐。

「ごきげんよう」
「あ、ま──」

 勢いよく飛び降りた。
 もし、あの方が一度でも私の話を聞いてくれていたら、何か変わったのかもしれない。
 もし、あの方が夜だけじゃなくて昼間に会いに来てくれたら、妻として扱ってくれていたら、話をして寄り添っていたら……馬鹿みたい。そんなことあるはずないのに。

 最初は期待した。
 でも生贄は生贄でしかなく、花嫁、妻、伴侶などの名を得ても結局は道具だと分かったから、もういい。押し付けられた《片翼》という役割に、その生き方にも疲れてしまった。
 祖国が燃え盛る今、ブリジット()のことを思ってくれる人はいない。

「──ッ、……、…………」

 雨音が酷くなる中で、誰かの声がした気がしたけれど……もうどうでもよかった。もう、私自身を必要としてくれる人は、この世界にいないのだから。
 次に生まれ変わるなら、平凡で、平和な世界で幸せに生きたいわ。

 願ったとおり、平和な世界で──私は転生した。
 それなのに──。
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