あなたの想いを知りたいから
第一話
●飛美奈の回想。幼稚園児たちが芝生を駆け回っている。
飛美奈のモノローグ「なんでみんな、そんな無邪気にいろんな子と遊べるんだろう?ずっとそれを、疑問に思っていた」
●幼稚園児の飛美奈。遊んでいる園児たちから遠く離れて、少し怯えながら園児たちの様子を見ている。
飛美奈のモノローグ「たくさんの子の、楽しそうな声が聞こえてくる。でも、そこに混ざろうとすると…」
●幼稚園児の飛美奈。右脚を前に出すも、全身が震えだす。
飛美奈のモノローグ「…私の本能が伝えてくる。『近づくのは危険だ』って。全身に危険信号が入って、心臓がバクバクして、恐怖心が溢れ出してくる」
●幼稚園の先生が飛美奈の隣に歩いて来る。
先生「飛美奈ちゃん、みんなと遊ばないの?」
●飛美奈。ものすごい勢いで、先生から逃げるように走り出す。
飛美奈のモノローグ「いつもそうだった。誰かが近くにいればそこから離れてしまうし、誰かが話しかけてくれば逃げ出してしまう。悪いとはいつも思っている、でも怖い。人と話したり、遊んだり、そういうことがずっと怖かった。私に話しかけようとする人は、自然と誰もいなくなった。私にとってはそれがいい。それがお互いにとって、一番幸せなんだから。でも生きるってことは、必ずどこかで人と関わってしまう。私はずっと、恐怖を抱えて生きることになってしまう。それでも私は頑張って…、誰とも関わらないで生きていく」
●現代。駅のホーム。電車が停まり、大勢の人と一緒に飛美奈が電車から降りる。
●飛美奈。駅のエスカレーターを登り、駅前のバスに乗り、学校近くのバス停に降り、ゆっくり歩きだす。
●飛美奈の後ろから同じ高校の生徒数人が、バスから降りて、飛美奈を次々追い越していく。
女子生徒1「昨日のバイトマジ疲れた…」
女子生徒2「あんたよく働くねぇ。なんか眠そうだけど大丈夫?」
女子生徒1「割と眠たい。なんせ昨日バイトから帰ったらさ…」
男子生徒1「なぁ、昨日のオルライブ公式配信見たか?」
男子生徒2「俺いつもアーカイブで観る派だって言ってるだろ」
男子生徒1「ラストに重大発表あるって言ってたから、俺4時間ぶっ続けて視聴しちゃったよ。んで、その重大発表ってのがさ…」
●飛美奈。その場で立ち止まり、会話しながら登校する生徒たちを見つめる。
飛美奈のモノローグ「自分がおかしいのはわかっている。でも私から見たら、何気なく誰かと話している人たちが不思議でしかなかった。」
●飛美奈。下駄箱に靴を入れ、上靴に履き替え、廊下を歩く。
飛美奈のモノローグ「なんで恐怖を感じずに、あんな距離で誰かと一緒に歩けるんだろう?なんであんなに楽しく誰かと話せるんだろう?なんで……私には、それができないんだろう…?」
●飛美奈。教室のドアを開ける。
●教室のドア付近で楽しく喋っていた女子生徒3人が、飛美奈を見るなり、ドア付近から素早く離れる。
●飛美奈。教室を歩き、自分の席へ向かう。
●飛美奈が歩くとき、進行方向にいた生徒が次々と飛美奈から離れていく。
●飛美奈。静かに席につく。
飛美奈のモノローグ「高校に入って3ヶ月。人に近づくのをひたすら避ける私を見て、きっとクラスのみんなも、私が人と接するのが苦手なんだということを察したのだろう。みんな、私にはなるべく近づかないようにしてくれる。もちろんいじめとかではなく、善意で。こんな私を想って配慮してくれるなんで、みんないい人だ」
●担任の先生(女性)が教室に入ってくる。
先生「は〜い!みんな、朝のホームルーム始めるよ!」
●クラスメイトたちが一斉に席につく。
飛美奈のモノローグ「今の生活が辛いってわけじゃない。人と何かしらの形で関わることさえなければ、私は恐怖を感じずに生きていける。でも、私は昔から凄く嫌いだった。集団で生きている人が勝者で、一人で生きている人が敗者だというルールになっているこの社会そのものが。自分の存在を否定されているようで、すごく嫌いだ。」
●時間が少し経過しお昼になる。教室で生徒たちがそれぞれ机を囲み弁当を食べている。
●飛美奈。弁当箱を持って教室から出ていく。廊下を歩き、階の端にある部屋に入る。
飛美奈のモノローグ「お昼ごはんはいつも、普段誰も入らない物置きの部屋で食べていいことになっている。誰かが近くにいると、気持ち悪くなって食事処ではなくなってしまうから。両親がいろいろと説明しているから先生たちも私の事情は知っていて、私に対してこうしていろいろと配慮をしてくれている」
●飛美奈。弁当箱を包んでいる布を取り、弁当箱を開け、弁当を食べ始める。食べながら、教室で楽しそうに弁当を食べていた生徒たちを思い出す。
飛美奈(あんなに楽しく会話ができるなんて、みんなすごいな。…恐怖心が湧いてこなければ、私もあんなふうに誰かと話せたのかな?)
飛美奈のモノローグ「誰かと触れたり、誰かが話しかけてきたり…、とにかく人と関わること全てに私は恐怖心を抱いてしまっていた。『孤独が怖い』『みんなでいるほうがいい』って世間一般ではよく聞くけど、たくさんの人と繋がることをなぜ多くの人が求めるのか、私はずっとわからない。人と関わるということがどう楽しいのか、生まれてから今までずっと知らないから」
●飛美奈。弁当箱を閉めて、布で包む。弁当箱を左手に持ち、右手で部屋のドアを開け、部屋から出る。
飛美奈(もう、そんなこと考えるのはやめよう。…どうせ私は、一生一人で生きることになるんだから)
●飛美奈。階段の前を通る。
細間「うわぁ!あぶない!」
飛美奈(…えっ?)
●飛美奈。声のした階段の方を見ると、上から3つの大きな段ボールが降ってきて、その段ボールにぶつかりその場に倒れる。
飛美奈(なっ何?急に…)
細間「うわっ、やばやば。君大丈夫…?」
●細間。飛美奈に向かって手を伸ばすが、飛美奈の顔を見て頬が少し赤くなる。
飛美奈(ど、どうしよう…。こういうとき、なんて言えば…。手をとるなんて、怖くてできないし…)
細間「あ…あの、動ける?」
飛美奈「あっ…あの…い…」
飛美奈。ゆっくり自力で立ち上がる。
細間「怪我はしていないみたいだね。…よかった」
●飛美奈と細間の間にしばらく静寂が訪れる。
飛美奈(なんでこの人、ずっと私のこと見てるの…?…ってそっか、私がなにも喋らないからこんな膠着状態になっちゃってるのか。でもごめんなさい…。私は…)
●飛美奈。その場から逃げるように走り出す。
細間「あの、待って!」
●飛美奈。驚いて足を止める。
細間「…君、名前は?」
●飛美奈。予想外の質問にフリーズする。
飛美奈(……えっ?名前?初対面の人間に対してなんで急に名前聞くの!?あの人見るからに先輩だよね…。たぶん3年生。いや、でも、そもそもそんなこと言われても…)
●飛美奈。再び勢いよく走り出す。
細間「あっ、ちょっと!」
飛美奈(ごめんなさい、ごめんなさい。私、人と関わるの、絶対無理なんです。………って、心の中で言っても伝わらないよね。)
●飛美奈。自分のクラスのドアを勢いよく開ける。
●驚いたクラスメイトたちが一斉に飛美奈のほうを見る。
飛美奈(やばっ。逃げた勢いのままドア開けたから、注目集めちゃった)
●クラスメイト達が次々と視線を元の位置に戻す。
●飛美奈。静かに自分の席に座る。
●放課後。空は夕焼け。
●飛美奈。校門から出て、バスに乗り、駅前でバスを降り、電車に乗り、最寄り駅で降りる。
●飛美奈の頭の中に、細間との一件の記憶が流れる。
飛美奈(いきなり逃げちゃったから、あの人びっくりしただろうな。でも私だって、あんな状況で急に名前聞かれて、どうすればいいかわからなかったし……もう!)
●飛美奈。勢いよく走り出す。
●住宅街の中にあるコンビニ。フードをかぶった少女がレジ横の揚げ物のガラスケースを眺めている。
●フードの少女。コンビニにある時計を眺め、直後に外の風景を眺めると、走る飛美奈を目撃する。
●フードの少女。コンビニチキンと炭酸飲料をレジで会計し、買ったものを両手に抱えてコンビニを出る。
フードの少女(16時48分28秒。……間違いなく今の子だね)
●飛美奈の家。自分の部屋のベットに魂が抜けたような顔をして仰向けで倒れ込む飛美奈。
飛美奈(急に名前を聞いてきたのには、何か理由があったのかな…?私に何か、…なにか伝えなきゃいけないことがあった…とか?もしそうだとしたら、逃げ出しちゃうなんて悪いことしちゃったな)
●飛美奈。体を横に倒す。
飛美奈(とにかく明日、なんとかして先生に事情を説明して、あの先輩に私が人と関わるのが苦手だってことを先生を通して伝えなきゃ)
●飛美奈。強く右手を握りしめる。
●翌日。飛美奈。バスから降り、学校へ続く道を歩く。
飛美奈(今日はなるべく、あの先輩と会わないようにしよう。会ったら気まずい感じになっちゃうし)
沙良「宮々さん?」
●飛美奈。名前を呼ばれた驚きで、硬直する。
女子生徒「ちょっと沙良!」
沙良「少し話を聞くだけだから」
女子生徒「でも…」
沙良「いいから、邪魔しないで!」
●飛美奈。ゆっくり後ろを振り向くと、視線の先には6人の女子生徒がいる。
飛美奈(知らない子たちだ。…たぶん、違うクラスの子たよね…?)
沙良「宮々さん。一つ聞きたいことがあってね…」
●飛美奈。勢いよくその場から走り出す。
沙良「あっ、ちょっと…!」
飛美奈(なんか私って、いっつもこうだな。何か聞かれても、何も言えず逃げるだけ。何も言ってこないだけで、みんな「なんだよあいつ」って思っているに違いない。…本当、幾つの誤解を生んだんだろう、私)
●飛美奈。走りながら校舎に入り、息を切らしながら下駄箱に寄りかかる。
飛美奈(でも…。あの沙良って子、ちょっと怖い表情してたな。何を聞こうとしたかわからないけど、なるべく会わないほうがいいかも。……って、今日会いたくない人がこの学校に2人もいるって大変だよ…)
●放課後。飛美奈。教室のドアを開け廊下を歩く。
飛美奈(とりあえずあの先輩にも、沙良って子にも会わずに済んだ。…でも、先生に事情を何も説明できなかったな。とにかく避けまくって、ほとぼりが冷めるのを待とう。…はぁ、私っていつもこうだ。)
沙良「宮々さん!」
●飛美奈。硬直する。
飛美奈(この声は…沙良さん!?)
沙良「その…。朝はごめんなさい。あなたが、その…そういう人だって知らなくって…」
飛美奈(今朝と様子が少し違う。もしかして、私のクラスの子から私が人が苦手だってことを聞いたのかな?)
沙良「ゆっくり話すから、落ち着いて聞いて」
●飛美奈。ゆっくりと沙良の方へ振り返ると、沙良を含めた6人の女子生徒が視線に入る。
沙良「宮々さん。細間湯睦真って人知ってる?」
飛美奈(ほそま…ゆむま…?…聞いたことない名前)
●飛美奈。ゆっくり首を横にふる。
沙良「そう…。…まあ名前だけ聞いただけじゃ、誰かわからないわよね…。その人は、3年生なんだけど…」
飛美奈(3年生…!?)
沙良「かなりのイケメンで、3年生一、というかこの学校一モテている超人気の人で、私たちもよく『かっこいいな〜』いつも噂しているんだけど…」
飛美奈(沙良さん、すごく楽しそうに話すなぁ)
沙良「その細間先輩。昨日から様子がおかしいのよ。あの人いつもは誰にでも気さくに挨拶するのに、いつもより声が小さくなって口数も少なくなっているらしいの。他の3年生の人達に聞いたら、やっぱりみんななんかおかしいって言っててね。で、いろいろ詳しく聞いたわけ。そしたら細間先輩、昨日の午前中はいつも通りの感じだったんだけど、午後から様子がおかしくなったんだって。」
飛美奈(昨日の…午後…)
●飛美奈。昨日、細間との間に起きた一件を思い出す。
沙良「昨日のお昼ごろ、細間先輩の身に何か起きたんじゃないかって私は思ったの。それで私たちで手分けしていろいろ聞き込みをしたら、ついにわかったの…」
飛美奈(ギグリ…)
沙良「細間先輩がなぜ急に静かになったのか!なぜいつものように元気じゃなくなったのか!なぜ昨日の午後からそうなってしまったのか!」
女子生徒1「あの沙良、宮々さんが落ち着いていけるようにゆっくり話すんじゃ…」
沙良「その答えはぁ…!」
女子生徒2「だめだ、聞こえてない」
沙良「宮々さん!あなたが!昨日の昼頃!細間先輩と!何かあったらしい、からだぁ!」
●飛美奈と沙良たちの間に静寂が訪れる。
沙良「…と、あなたが細間先輩と話していたところを見た生徒は何人かいたんだけど、それ以上詳しいことはわからなかったのよね」
●飛美奈。ゆっくり後ずさろうとする。
沙良「あっ、別に宮々さんがなにか悪いことをしたとか、そういうことを疑っているわけじゃないの!ただ、私たち細間先輩がなんか心配で。何があったのか、宮々さんから何とか説明してほしいんだけど…」
●飛美奈。困った表情をする。
飛美奈(説明してほしいって言われても…。昨日のあの出来事を、どう言えばいいんだろう…?むしろ説明してほしいのは私の方なんだけど…)
●飛美奈。沙良たちのほうを見る。
飛美奈(でもずっとこのまま黙っている方がだめだよね…。せめて、何か言わないと、また誤解を生むだけだ。たとえ孤独に生きるんだとしても、大事なときは喋れるようにしないと!)
●飛美奈。かかとを上げ、大きく深呼吸する。
飛美奈「あの…昨日お昼…、私…は。ハァハァ…、ここで…」
●急に近く階段の上から足音が聞こえ始める。
●細間が階段から勢いよく降りてくる。
●飛美奈。振り返り細間と目が合う。
飛美奈(えっ…、昨日の人…。なんでここに…)
沙良「ほ、細間先輩!?」
飛美奈(やっぱりあの人が、細間、湯睦真…さん)
●細間。飛美奈の下へ駆け寄り、腕を掴む。
飛美奈(…へ?)
●細間。飛美奈の腕を掴んだまま、沙良たちに背を向け走り出す。
飛美奈(…え?)
●細間。廊下を走り続ける。
●沙良たち。その様子を見て目が点になる。
飛美奈(…………ゑ!?)
●細間と飛美奈。走り続けて、下駄箱までやってくる。
●飛美奈。その場でしゃがみ込む。
飛美奈(な…なに、急に。なんで私の腕を…?)
細間「大丈夫だった?」
飛美奈「ひっ…!」
細間「なんか、俺のせいで大変なことになっていたみたいだったから。だとしてもいきなり腕をつかんで走り出すなんて、さすがに非常識だったよね、ごめん」
飛美奈(自覚はあったんだ…)
細間「とにかく、大丈夫そうでよかった」
飛美奈(大丈夫そう…?この人、何か勘違いしているんじゃ…)
飛美奈「あっ、あの…。私、あの場でいじめられてたとか、そういうわけじゃなくて…。ただ、その…、聞きたいことが、あっただけみたいで…。その…」
飛美奈(あれ?私、割と喋れてる…!?)
細間「そうなの?うわ〜、思いっきり恥かいちゃったな」
飛美奈(いや、私のほうが恥かいたんですけど)
●飛美奈。立ち上がる。
飛美奈(とにかく、もう帰りたい…)
●飛美奈。涙目になりそうな目で呆れた顔をしながら、そう思い、靴を履き替える。
●細間。外に出ようとした飛美奈の隣に現れる。
細間「あの、一つお願いがあるんだけど、いいかな?」
飛美奈「えっ…。なん、ですか…?」
細間「俺…、君と走りたい」
●細間。飛美奈の手をつかみ走り出す。
飛美奈(えっ…、ちょっと…。何この急展開!?)
●細間と飛美奈。走り続けてバス停を越える。
飛美奈「ちょっ…バス…」
細間「ごめん。俺、今は走りたいから」
飛美奈(駅まで結構距離ありますけど!?)
●細間と飛美奈。住宅街を走り続ける。
●フードの少女。細間と飛美奈を少し離れたところから眺める。
フードの少女(楽しそうだね…本当に)
●細間と飛美奈。学校の最寄り駅へたどり着く。
飛美奈(こんなに走ったの、人生で初めてだよ。足終わるかと思った…)
細間「その…。今日はいろいろとごめんね。いろいろと混乱してるよね…。とにかく明日、いろいろと説明したい。それじゃあ…」
飛美奈「あの!私、宮々飛美奈っていいます…」
飛美奈(よし、とりあえず名前は言えた。…このタイミングで言って正解だったかは、わからないけど。)
細間「おっ…。俺は細間湯睦真。じゃあ、またね」
●細間。駅から離れるように歩きだす。
飛美奈(あっ…、電車通学じゃないんだ…)
●フードの少女。炭酸飲料とコンビニチキンを持ちながら、路地裏にある扉を開け中に入る。
フードの少女「ただいま〜!」
●フードの少女の前に帽子をかぶった男と、細身のロボットがいる。
帽子男「お前、今日の晩ご飯もそれなのか?」
フードの少女「結局いつでもどこでも、この組み合わせが最強なんだよね。ま、2人にはわからないと思うけどさ」
ロボット「ソレダケデハ栄養ガ偏リ、体二毒ダゾ。我々ト違イオ前ハシッカリト…」
フードの少女「うるさいなぁ!今回の仕事がうまく行けばいいの!」
帽子男「そう言うってことは、ちゃんとやっているんだろうな?」
フードの少女「もちろんだよ。2日とも時刻通りにその場所を通ったところを確認したから、あの子で間違いないね。ていうか、なんで事前に顔写真とか無いわけ!?」
ロボット「今回ノ仕事ハカナリ重要ダカラナ。情報ハ最低限ノモノシカ送レナイラシイ」
帽子男「それよりお前。いつもみたいに、相手に接触しすぎるなよ」
フードの少女「今回に関しては大丈夫でしょ。だってさ…」
●電車に乗る飛美奈。
フードの少女「どのみち死ぬからね。あの子」
飛美奈のモノローグ「なんでみんな、そんな無邪気にいろんな子と遊べるんだろう?ずっとそれを、疑問に思っていた」
●幼稚園児の飛美奈。遊んでいる園児たちから遠く離れて、少し怯えながら園児たちの様子を見ている。
飛美奈のモノローグ「たくさんの子の、楽しそうな声が聞こえてくる。でも、そこに混ざろうとすると…」
●幼稚園児の飛美奈。右脚を前に出すも、全身が震えだす。
飛美奈のモノローグ「…私の本能が伝えてくる。『近づくのは危険だ』って。全身に危険信号が入って、心臓がバクバクして、恐怖心が溢れ出してくる」
●幼稚園の先生が飛美奈の隣に歩いて来る。
先生「飛美奈ちゃん、みんなと遊ばないの?」
●飛美奈。ものすごい勢いで、先生から逃げるように走り出す。
飛美奈のモノローグ「いつもそうだった。誰かが近くにいればそこから離れてしまうし、誰かが話しかけてくれば逃げ出してしまう。悪いとはいつも思っている、でも怖い。人と話したり、遊んだり、そういうことがずっと怖かった。私に話しかけようとする人は、自然と誰もいなくなった。私にとってはそれがいい。それがお互いにとって、一番幸せなんだから。でも生きるってことは、必ずどこかで人と関わってしまう。私はずっと、恐怖を抱えて生きることになってしまう。それでも私は頑張って…、誰とも関わらないで生きていく」
●現代。駅のホーム。電車が停まり、大勢の人と一緒に飛美奈が電車から降りる。
●飛美奈。駅のエスカレーターを登り、駅前のバスに乗り、学校近くのバス停に降り、ゆっくり歩きだす。
●飛美奈の後ろから同じ高校の生徒数人が、バスから降りて、飛美奈を次々追い越していく。
女子生徒1「昨日のバイトマジ疲れた…」
女子生徒2「あんたよく働くねぇ。なんか眠そうだけど大丈夫?」
女子生徒1「割と眠たい。なんせ昨日バイトから帰ったらさ…」
男子生徒1「なぁ、昨日のオルライブ公式配信見たか?」
男子生徒2「俺いつもアーカイブで観る派だって言ってるだろ」
男子生徒1「ラストに重大発表あるって言ってたから、俺4時間ぶっ続けて視聴しちゃったよ。んで、その重大発表ってのがさ…」
●飛美奈。その場で立ち止まり、会話しながら登校する生徒たちを見つめる。
飛美奈のモノローグ「自分がおかしいのはわかっている。でも私から見たら、何気なく誰かと話している人たちが不思議でしかなかった。」
●飛美奈。下駄箱に靴を入れ、上靴に履き替え、廊下を歩く。
飛美奈のモノローグ「なんで恐怖を感じずに、あんな距離で誰かと一緒に歩けるんだろう?なんであんなに楽しく誰かと話せるんだろう?なんで……私には、それができないんだろう…?」
●飛美奈。教室のドアを開ける。
●教室のドア付近で楽しく喋っていた女子生徒3人が、飛美奈を見るなり、ドア付近から素早く離れる。
●飛美奈。教室を歩き、自分の席へ向かう。
●飛美奈が歩くとき、進行方向にいた生徒が次々と飛美奈から離れていく。
●飛美奈。静かに席につく。
飛美奈のモノローグ「高校に入って3ヶ月。人に近づくのをひたすら避ける私を見て、きっとクラスのみんなも、私が人と接するのが苦手なんだということを察したのだろう。みんな、私にはなるべく近づかないようにしてくれる。もちろんいじめとかではなく、善意で。こんな私を想って配慮してくれるなんで、みんないい人だ」
●担任の先生(女性)が教室に入ってくる。
先生「は〜い!みんな、朝のホームルーム始めるよ!」
●クラスメイトたちが一斉に席につく。
飛美奈のモノローグ「今の生活が辛いってわけじゃない。人と何かしらの形で関わることさえなければ、私は恐怖を感じずに生きていける。でも、私は昔から凄く嫌いだった。集団で生きている人が勝者で、一人で生きている人が敗者だというルールになっているこの社会そのものが。自分の存在を否定されているようで、すごく嫌いだ。」
●時間が少し経過しお昼になる。教室で生徒たちがそれぞれ机を囲み弁当を食べている。
●飛美奈。弁当箱を持って教室から出ていく。廊下を歩き、階の端にある部屋に入る。
飛美奈のモノローグ「お昼ごはんはいつも、普段誰も入らない物置きの部屋で食べていいことになっている。誰かが近くにいると、気持ち悪くなって食事処ではなくなってしまうから。両親がいろいろと説明しているから先生たちも私の事情は知っていて、私に対してこうしていろいろと配慮をしてくれている」
●飛美奈。弁当箱を包んでいる布を取り、弁当箱を開け、弁当を食べ始める。食べながら、教室で楽しそうに弁当を食べていた生徒たちを思い出す。
飛美奈(あんなに楽しく会話ができるなんて、みんなすごいな。…恐怖心が湧いてこなければ、私もあんなふうに誰かと話せたのかな?)
飛美奈のモノローグ「誰かと触れたり、誰かが話しかけてきたり…、とにかく人と関わること全てに私は恐怖心を抱いてしまっていた。『孤独が怖い』『みんなでいるほうがいい』って世間一般ではよく聞くけど、たくさんの人と繋がることをなぜ多くの人が求めるのか、私はずっとわからない。人と関わるということがどう楽しいのか、生まれてから今までずっと知らないから」
●飛美奈。弁当箱を閉めて、布で包む。弁当箱を左手に持ち、右手で部屋のドアを開け、部屋から出る。
飛美奈(もう、そんなこと考えるのはやめよう。…どうせ私は、一生一人で生きることになるんだから)
●飛美奈。階段の前を通る。
細間「うわぁ!あぶない!」
飛美奈(…えっ?)
●飛美奈。声のした階段の方を見ると、上から3つの大きな段ボールが降ってきて、その段ボールにぶつかりその場に倒れる。
飛美奈(なっ何?急に…)
細間「うわっ、やばやば。君大丈夫…?」
●細間。飛美奈に向かって手を伸ばすが、飛美奈の顔を見て頬が少し赤くなる。
飛美奈(ど、どうしよう…。こういうとき、なんて言えば…。手をとるなんて、怖くてできないし…)
細間「あ…あの、動ける?」
飛美奈「あっ…あの…い…」
飛美奈。ゆっくり自力で立ち上がる。
細間「怪我はしていないみたいだね。…よかった」
●飛美奈と細間の間にしばらく静寂が訪れる。
飛美奈(なんでこの人、ずっと私のこと見てるの…?…ってそっか、私がなにも喋らないからこんな膠着状態になっちゃってるのか。でもごめんなさい…。私は…)
●飛美奈。その場から逃げるように走り出す。
細間「あの、待って!」
●飛美奈。驚いて足を止める。
細間「…君、名前は?」
●飛美奈。予想外の質問にフリーズする。
飛美奈(……えっ?名前?初対面の人間に対してなんで急に名前聞くの!?あの人見るからに先輩だよね…。たぶん3年生。いや、でも、そもそもそんなこと言われても…)
●飛美奈。再び勢いよく走り出す。
細間「あっ、ちょっと!」
飛美奈(ごめんなさい、ごめんなさい。私、人と関わるの、絶対無理なんです。………って、心の中で言っても伝わらないよね。)
●飛美奈。自分のクラスのドアを勢いよく開ける。
●驚いたクラスメイトたちが一斉に飛美奈のほうを見る。
飛美奈(やばっ。逃げた勢いのままドア開けたから、注目集めちゃった)
●クラスメイト達が次々と視線を元の位置に戻す。
●飛美奈。静かに自分の席に座る。
●放課後。空は夕焼け。
●飛美奈。校門から出て、バスに乗り、駅前でバスを降り、電車に乗り、最寄り駅で降りる。
●飛美奈の頭の中に、細間との一件の記憶が流れる。
飛美奈(いきなり逃げちゃったから、あの人びっくりしただろうな。でも私だって、あんな状況で急に名前聞かれて、どうすればいいかわからなかったし……もう!)
●飛美奈。勢いよく走り出す。
●住宅街の中にあるコンビニ。フードをかぶった少女がレジ横の揚げ物のガラスケースを眺めている。
●フードの少女。コンビニにある時計を眺め、直後に外の風景を眺めると、走る飛美奈を目撃する。
●フードの少女。コンビニチキンと炭酸飲料をレジで会計し、買ったものを両手に抱えてコンビニを出る。
フードの少女(16時48分28秒。……間違いなく今の子だね)
●飛美奈の家。自分の部屋のベットに魂が抜けたような顔をして仰向けで倒れ込む飛美奈。
飛美奈(急に名前を聞いてきたのには、何か理由があったのかな…?私に何か、…なにか伝えなきゃいけないことがあった…とか?もしそうだとしたら、逃げ出しちゃうなんて悪いことしちゃったな)
●飛美奈。体を横に倒す。
飛美奈(とにかく明日、なんとかして先生に事情を説明して、あの先輩に私が人と関わるのが苦手だってことを先生を通して伝えなきゃ)
●飛美奈。強く右手を握りしめる。
●翌日。飛美奈。バスから降り、学校へ続く道を歩く。
飛美奈(今日はなるべく、あの先輩と会わないようにしよう。会ったら気まずい感じになっちゃうし)
沙良「宮々さん?」
●飛美奈。名前を呼ばれた驚きで、硬直する。
女子生徒「ちょっと沙良!」
沙良「少し話を聞くだけだから」
女子生徒「でも…」
沙良「いいから、邪魔しないで!」
●飛美奈。ゆっくり後ろを振り向くと、視線の先には6人の女子生徒がいる。
飛美奈(知らない子たちだ。…たぶん、違うクラスの子たよね…?)
沙良「宮々さん。一つ聞きたいことがあってね…」
●飛美奈。勢いよくその場から走り出す。
沙良「あっ、ちょっと…!」
飛美奈(なんか私って、いっつもこうだな。何か聞かれても、何も言えず逃げるだけ。何も言ってこないだけで、みんな「なんだよあいつ」って思っているに違いない。…本当、幾つの誤解を生んだんだろう、私)
●飛美奈。走りながら校舎に入り、息を切らしながら下駄箱に寄りかかる。
飛美奈(でも…。あの沙良って子、ちょっと怖い表情してたな。何を聞こうとしたかわからないけど、なるべく会わないほうがいいかも。……って、今日会いたくない人がこの学校に2人もいるって大変だよ…)
●放課後。飛美奈。教室のドアを開け廊下を歩く。
飛美奈(とりあえずあの先輩にも、沙良って子にも会わずに済んだ。…でも、先生に事情を何も説明できなかったな。とにかく避けまくって、ほとぼりが冷めるのを待とう。…はぁ、私っていつもこうだ。)
沙良「宮々さん!」
●飛美奈。硬直する。
飛美奈(この声は…沙良さん!?)
沙良「その…。朝はごめんなさい。あなたが、その…そういう人だって知らなくって…」
飛美奈(今朝と様子が少し違う。もしかして、私のクラスの子から私が人が苦手だってことを聞いたのかな?)
沙良「ゆっくり話すから、落ち着いて聞いて」
●飛美奈。ゆっくりと沙良の方へ振り返ると、沙良を含めた6人の女子生徒が視線に入る。
沙良「宮々さん。細間湯睦真って人知ってる?」
飛美奈(ほそま…ゆむま…?…聞いたことない名前)
●飛美奈。ゆっくり首を横にふる。
沙良「そう…。…まあ名前だけ聞いただけじゃ、誰かわからないわよね…。その人は、3年生なんだけど…」
飛美奈(3年生…!?)
沙良「かなりのイケメンで、3年生一、というかこの学校一モテている超人気の人で、私たちもよく『かっこいいな〜』いつも噂しているんだけど…」
飛美奈(沙良さん、すごく楽しそうに話すなぁ)
沙良「その細間先輩。昨日から様子がおかしいのよ。あの人いつもは誰にでも気さくに挨拶するのに、いつもより声が小さくなって口数も少なくなっているらしいの。他の3年生の人達に聞いたら、やっぱりみんななんかおかしいって言っててね。で、いろいろ詳しく聞いたわけ。そしたら細間先輩、昨日の午前中はいつも通りの感じだったんだけど、午後から様子がおかしくなったんだって。」
飛美奈(昨日の…午後…)
●飛美奈。昨日、細間との間に起きた一件を思い出す。
沙良「昨日のお昼ごろ、細間先輩の身に何か起きたんじゃないかって私は思ったの。それで私たちで手分けしていろいろ聞き込みをしたら、ついにわかったの…」
飛美奈(ギグリ…)
沙良「細間先輩がなぜ急に静かになったのか!なぜいつものように元気じゃなくなったのか!なぜ昨日の午後からそうなってしまったのか!」
女子生徒1「あの沙良、宮々さんが落ち着いていけるようにゆっくり話すんじゃ…」
沙良「その答えはぁ…!」
女子生徒2「だめだ、聞こえてない」
沙良「宮々さん!あなたが!昨日の昼頃!細間先輩と!何かあったらしい、からだぁ!」
●飛美奈と沙良たちの間に静寂が訪れる。
沙良「…と、あなたが細間先輩と話していたところを見た生徒は何人かいたんだけど、それ以上詳しいことはわからなかったのよね」
●飛美奈。ゆっくり後ずさろうとする。
沙良「あっ、別に宮々さんがなにか悪いことをしたとか、そういうことを疑っているわけじゃないの!ただ、私たち細間先輩がなんか心配で。何があったのか、宮々さんから何とか説明してほしいんだけど…」
●飛美奈。困った表情をする。
飛美奈(説明してほしいって言われても…。昨日のあの出来事を、どう言えばいいんだろう…?むしろ説明してほしいのは私の方なんだけど…)
●飛美奈。沙良たちのほうを見る。
飛美奈(でもずっとこのまま黙っている方がだめだよね…。せめて、何か言わないと、また誤解を生むだけだ。たとえ孤独に生きるんだとしても、大事なときは喋れるようにしないと!)
●飛美奈。かかとを上げ、大きく深呼吸する。
飛美奈「あの…昨日お昼…、私…は。ハァハァ…、ここで…」
●急に近く階段の上から足音が聞こえ始める。
●細間が階段から勢いよく降りてくる。
●飛美奈。振り返り細間と目が合う。
飛美奈(えっ…、昨日の人…。なんでここに…)
沙良「ほ、細間先輩!?」
飛美奈(やっぱりあの人が、細間、湯睦真…さん)
●細間。飛美奈の下へ駆け寄り、腕を掴む。
飛美奈(…へ?)
●細間。飛美奈の腕を掴んだまま、沙良たちに背を向け走り出す。
飛美奈(…え?)
●細間。廊下を走り続ける。
●沙良たち。その様子を見て目が点になる。
飛美奈(…………ゑ!?)
●細間と飛美奈。走り続けて、下駄箱までやってくる。
●飛美奈。その場でしゃがみ込む。
飛美奈(な…なに、急に。なんで私の腕を…?)
細間「大丈夫だった?」
飛美奈「ひっ…!」
細間「なんか、俺のせいで大変なことになっていたみたいだったから。だとしてもいきなり腕をつかんで走り出すなんて、さすがに非常識だったよね、ごめん」
飛美奈(自覚はあったんだ…)
細間「とにかく、大丈夫そうでよかった」
飛美奈(大丈夫そう…?この人、何か勘違いしているんじゃ…)
飛美奈「あっ、あの…。私、あの場でいじめられてたとか、そういうわけじゃなくて…。ただ、その…、聞きたいことが、あっただけみたいで…。その…」
飛美奈(あれ?私、割と喋れてる…!?)
細間「そうなの?うわ〜、思いっきり恥かいちゃったな」
飛美奈(いや、私のほうが恥かいたんですけど)
●飛美奈。立ち上がる。
飛美奈(とにかく、もう帰りたい…)
●飛美奈。涙目になりそうな目で呆れた顔をしながら、そう思い、靴を履き替える。
●細間。外に出ようとした飛美奈の隣に現れる。
細間「あの、一つお願いがあるんだけど、いいかな?」
飛美奈「えっ…。なん、ですか…?」
細間「俺…、君と走りたい」
●細間。飛美奈の手をつかみ走り出す。
飛美奈(えっ…、ちょっと…。何この急展開!?)
●細間と飛美奈。走り続けてバス停を越える。
飛美奈「ちょっ…バス…」
細間「ごめん。俺、今は走りたいから」
飛美奈(駅まで結構距離ありますけど!?)
●細間と飛美奈。住宅街を走り続ける。
●フードの少女。細間と飛美奈を少し離れたところから眺める。
フードの少女(楽しそうだね…本当に)
●細間と飛美奈。学校の最寄り駅へたどり着く。
飛美奈(こんなに走ったの、人生で初めてだよ。足終わるかと思った…)
細間「その…。今日はいろいろとごめんね。いろいろと混乱してるよね…。とにかく明日、いろいろと説明したい。それじゃあ…」
飛美奈「あの!私、宮々飛美奈っていいます…」
飛美奈(よし、とりあえず名前は言えた。…このタイミングで言って正解だったかは、わからないけど。)
細間「おっ…。俺は細間湯睦真。じゃあ、またね」
●細間。駅から離れるように歩きだす。
飛美奈(あっ…、電車通学じゃないんだ…)
●フードの少女。炭酸飲料とコンビニチキンを持ちながら、路地裏にある扉を開け中に入る。
フードの少女「ただいま〜!」
●フードの少女の前に帽子をかぶった男と、細身のロボットがいる。
帽子男「お前、今日の晩ご飯もそれなのか?」
フードの少女「結局いつでもどこでも、この組み合わせが最強なんだよね。ま、2人にはわからないと思うけどさ」
ロボット「ソレダケデハ栄養ガ偏リ、体二毒ダゾ。我々ト違イオ前ハシッカリト…」
フードの少女「うるさいなぁ!今回の仕事がうまく行けばいいの!」
帽子男「そう言うってことは、ちゃんとやっているんだろうな?」
フードの少女「もちろんだよ。2日とも時刻通りにその場所を通ったところを確認したから、あの子で間違いないね。ていうか、なんで事前に顔写真とか無いわけ!?」
ロボット「今回ノ仕事ハカナリ重要ダカラナ。情報ハ最低限ノモノシカ送レナイラシイ」
帽子男「それよりお前。いつもみたいに、相手に接触しすぎるなよ」
フードの少女「今回に関しては大丈夫でしょ。だってさ…」
●電車に乗る飛美奈。
フードの少女「どのみち死ぬからね。あの子」