Too late

 活動最終日の真夜中。
 私個人のスケジュールはすべて終わったが再来月活動期に入る事務所内アーティストのフィーチャリング曲に取り掛かることになり今夜も事務所で日付を越そうとしていた。
 楽曲のメインアーティストは私の1年後にデビューした人気沸騰中の男性アイドルグループ。
 全盛期を越えたスパボ(スーパーボーイズ)とは違って今がまさに頂点まで登り詰めている途中の彼らとはあまり接点を持たないようにしている。
 熱狂的な女性ファンや私生活を脅かすストーカーにも近いファンも大勢いるため、関わらないのが吉。
 フィーチャリング決定の話を聞いたときも期待よりも不安が勝った。
 事務所的には売れてるもの同士よりパッとしない私との方が炎上しないとの見立てだ。
 彼らとは練習生時期も思いっきり被っていたしもちろん今も連絡先だけは知ってる。だけど面倒ごとが嫌だからお互いがデビューしてからの2年近くは連絡も最低限、職場で居合わせた際も目も合わせないようにしていた。
 これだけ徹底していてもこのフィーチャリングで女性ファンからバッシングを受けるんだろうなぁ。
 ただでさえ今日はストレスが溜まっているというのに、先のことを考えたら余計にネガティヴになる。
 今日、最後に音楽番組で活動を締め括った。
 今回の活動期間では1度しか音楽番組での1位を獲れなかったし……出るのは溜め息ばかり。

 音楽ディレクターにデモテープを聞かせてもらってから曲の概要を大まかに教えてもらった。
 強く想いあっている男女を描かれたラブソングで、ディレクターやスタッフに「これ本当に私でいいんですか?」と尋ねつつ拒否反応をうっすら示す。
 ディレクターは「棘のあるように見える君だからこそいいんだよ」と私を後押しする一言。
 大人たちの微笑みという名の圧力に、承諾せざるを得なかった。
 私の反応を見たスタッフたちは「では、そういうことで」と、その言葉を待ってましたと言わんばかりに資料をまとめて退勤モードへと移行している。
 
 ディレクターが早々スタジオから出て行こうとこちらに挨拶してドアノブに手をかけたその時、反対側から扉が開いた。
 私の好きな人が姿を表した。
 嬉しくてたまらないけど必死でポーカーフェイスを保ち「お疲れ様です」と言った。
 最近はもっぱら、練習生のいる棟に入り浸りの彼がわざわざこっちに来るなんて何事だ。

「あれ、来れないんじゃなかったっすか? さっき打ち合わせが終わったんっすよ」

 ディレクターはそう驚きもしていない。まるで彼がここに来るのを知っていたかのような発言。
 そういえば歌う予定の曲のボーカル譜面に作曲で先生の名前があった。
 本来なら先生もこの場に参加する予定だったのだろう。

「今やっと練習生たち見終わって……間に合うかと思ってたんですけど遅かったですね、すみません」

「まぁ、今日はただ打ち合わせだけだったし。リクPDもう上がりですか?」

「あー、いや、俺は少しこっちで仕事あるんで」

 ディレクターが「じゃあ皆んなお疲れ」と言って出ていったのを皮切りにスタッフたちも口々に挨拶をしてぞろぞろと後に続いた。

 最後の1人が出て行ってパタリと扉が閉まると部屋が静まり返る。
 先生が私を視界に入れてくれた途端に自分が既にメイクも崩れてボロボロなのを思い出して立ち上がる。  
 逃げ出したい。今日会えるなんて思ってなかったしそれが分かってたらどうにかマシな状態にしてたのに!

「久しぶり」

 4ヶ月ぶりに聞いた声。掠れ気味のその声が耳に届いた。 それだけでも私の体温は0.3度上がる。
 気持ちに蓋をしていたというのに先生に一度(ひとたび)会ってしまうといとも簡単に蓋はどこかへ飛んでいき想いを溜め込んだバケツが決壊する。
 先生のすべてが好きだけど何よりも声が好き。
 会わないうちに想いも薄まっていった気になってたのに、全然そんなことない。
 むしろ前よりも————
< 18 / 97 >

この作品をシェア

pagetop