Too late
 午後11時過ぎ。
 彼と夜のお散歩に出掛ける。
 人目が少ないこの時間帯、マスクに帽子とフル装備で手も繋いで歩けない昼間のデートとは違って、何の変装もせずにくっついて歩ける。

 数時間前までとは大きく違う0センチの距離感。
 2人の首にはお揃いのネックレスが輝いている。
 家を出る寸前に玄関の鏡の前で、乱れた髪を手櫛で整えていたら彼が何も言わずネックレスをはめた。
 すぐに誕生日プレゼントだと察して喜んだ私に、「大したものじゃないけど......」と気まずそうな顔をした。
 「デヒョンが私のことを考えて選んでくれたんだからすごく嬉しい」と言うと彼もホッとしたように「俺のとお揃いなんだ」と自分の首にかかったネックレスを見せた。

 誰にも邪魔されないこの時間が過ぎていくのが惜しくて、まるで子どもみたいに繋いだ手を大きく前後させながらゆっくりと近所のコンビニを目指して歩く。
 特別なデートよりこういうのが私は好き。
 何年も芸能人をやってきたからこそ自由な空間に幸せを感じる。
 マンションの辺りは真っ暗でも、その先にある公園は外灯がついていてそこそこに明るい。
 薄明かりに徐々に近づいていきお互いのシルエットがはっきりと見えた頃、私のほうに目を向けたデヒョンが立ち止まって何かに驚いた反応を示す。

「何その格好!?」
 
 彼の言葉に私も歩みを止め自分の服装を確認した。
 信じられないって顔をしていたからてっきり下を履いてないのかと一瞬焦ったが、部屋着のキャミソールにショートパンツという出で立ち。
 何にそう驚くのか。
 しかも出てくる直前に、ペアネックレスをつけた私をじっくりと見ていたはずだろうに。
 
「おかしい?」

「おかしいっていうかエッ......セクシーすぎるからだめ!」

 確実にエッチだと言かけていた。でも私はこういう格好で事務所でダンスレッスンすることもある、なんならメディア向けの衣装だと今と露出度合いが変わらないものも多い。
 彼だって今はグループの男子練習生としか一緒にいないらしいけど数年間は女性練習生と一緒だったしこんな練習着の子も必ずいる。

「ここに来るまで誰一人いなかったし大丈夫だよ」

「危ないから次はやめてね」

 真剣な眼差しで訴える彼をスルーして歩き出すと彼がすかさず私に追い付き一度離した手を握り直した。
 
「海外だとこういう服の人普通にいない?」

「ここは韓国だから。それに俺の彼女は美人だから守らないと駄目なの」

 ふーん、という私の軽い返事に彼が本当に心配なんだよと呟く。
 
 私はそう色気がある体つきではない。
 肉感的な美女がこの格好だと危険だけど私は背も高いし横から見て薄っぺらい体型で露出をしてもスポーティーな印象しか与えないと思う。
 
「さっき裸見たからそう思うだけじゃない?」

 私の大胆な発言がまたもや彼を驚かせてしまったようだ。
 何かを言いかけた彼が思い止まったのか口を止めた。
 2人の関係が進展したことで私は躊躇なく言えるようになった。
 つい数十分前までそういうことをしていたのに今更恥ずかしがることなんて何がある、と思っているのは私だけみたい。

「まあ......そうかも」

 彼がご機嫌そうにふふっと笑って私と繋いだ手の指を絡める。

 前にも後ろにも人っこ一人いないのを確かめたら、彼を置いて逃げるように走り出す。

「お兄さんに狙われちゃうよ~!」

 少し大きい声で言ったつもりが深夜の公園には予想にも反して声が綺麗に響き渡った。まるでライブ会場かのように。
 私の声の反響に、2人してスイッチが入ったみたいに笑いが込み上げる。
 笑いながら走っているためか全然脚が先に進まない私は、すぐに彼に捕まって後ろから抱きかかえられて「脚おっそ」と半笑いの彼に貶された。
 バタバタと暴れておろしてもらい、振り返ったら彼が大きく腕を広げる。

 彼の胸に飛び込んでしばらく抱きしめ合っていると彼がさっきまでと違うトーンでこう言った。
 
「俺今はお金もないし、ユリにとっては後輩だし、してあげられることは少ないけど……いつか必ず今よりもっと幸せにするから」
 
 彼の少し震えた吐息から緊張感が伝わる。
 まるで2度目の告白を受けたような気分。

「今よりもじゃなくても、今くらいに幸せならそれだけで充分だよ」
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