Too late
 先生がため息をついた隙に先生の顔を盗み見たらバチっと目があって、視線をはずせない。

「デヒョンを弄ぶな」
「え?」

 その言葉遣いから、先生が私のことを悪く思っているのが明確に分かる。

「これまで靡かなかったくせに突然相手にしはじめるなんて卑怯だ」
「近ごろは自主練もせずにすぐ帰ってるから調子が悪いのかと思ったら、他の練習生から聞いたけどデヒョンが宿舎に帰ってくるのは深夜なんだってな」
「手を引け。あいつは純粋なんだ。あいつが抜け出せなくなる前に、離れてくれ」

 拳を握りしめて立ちすくむ。
 私がそんなに性悪な女に見えているんだ。
 先生はいつになく機嫌が悪い。
 
 デヒョンは誕生日を境にほぼ毎日うちに来るようになった。レッスン後に来てほんの2、3時間で帰る。高校のときから彼が毎晩日付が変わるまで自主練習をしてきたのを知っているから「毎日会って大丈夫なの?」と言ったけどはぐらかされた。
 彼は私を心の拠り所にして頼りきっている。私が他の誰かに目移りするのをおそれ、私を繋ぎ止めるのに必死だ。毎晩彼に抱かれている私が他の人と浮気するわけないのに。
 すでに沼に片足を踏み入れている彼をより深くへ陥れて、私に依存していく様子をみるのが快感で......自分をそんなに必要としてくれることが嬉しくてたまらなかった。
 弄ぶという言葉、あながち間違っていないのかも......

「邪魔されたら困るんだよ! ユリにとっては火遊びでもあいつの人生かかってんだ! センターのデヒョンがああだとチームの士気も下がる」

 火遊びなんかのつもりではない。最初は先生にフラれた反動で、デヒョンがよかったというより私を欲してくれる人ならばそれでよかった。
 男性としての興味がわかないまま2ヶ月が過ぎて、彼を拒み続けるのも悪いし別れる考えもあった。しかし誕生日のときに些細なことがきっかけでやっと彼を恋人としてみるようになって......好きになってまだ2週間しか経っていない。失いたくない。

 黙りこんで、先生の組まれた腕あたりに視線を置くしかない。先生は徐々に苛立ちを大きくさせる。

「俺はてっきりユリは純粋なのかと思ってた。騙されたよ。勘違いさせるのが上手だな。今までもそうやって男遊びしてきたのか」

 悪夢かと錯覚するような台詞がすごい勢いで飛んできて胸に突き刺さる。
 彼の言葉をスッと受け入れられない私は思わず相手の顔を確認した。
 私の顔さえ目にしたくないのか、視線が重なった途端に彼は顔をプイッと横に向ける。
 たしかに私がデヒョンの道を邪魔をして、それが間接的に事務所の育成努力に水を差す形になったのは本当に悪かったと思ってる。
 だけど人格否定までされる筋合いはない。
 先生は、自分の経歴に直結するデヒョンたちのグループを成功へ導くために私のとき以上に慎重だ。
 他の誰でもなく過去に担当した私が新しいプロジェクトの厄介事を起こしているのにも腹が立つのだろう。
 完全に嫌われた。
 私が好きだった先生はもう私の世界にはいない。

 好きだった人からここまで言われている自分が惨めすぎて耐えられそうもない。ちょっとした反撃でするべきことじゃなかった。

「ほんっとに嫌い」

 嫌い、と言うのは2回目だ。
 好きとは1度も言わせてくれなかったのに……私からの”嫌い”は何度でも受け取ってくれるんですね、先生。
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