Too late
フラれたあの日が今年1の最悪な日だと思っていたのに、同じ人があっさりと記録を塗り替えた。
たった一言だけを残して立ち去り、化粧室に直行した。
今自分のとこに戻ってスタッフに声をかけられても言葉を発するだけで涙がとまらなくなりそうだから。
一番奥の個室に入って鍵を閉めた瞬間に心が決壊した。右手で口を多い、涙とともに沸き上がる嗚咽を抑える。
「そういや昨日実家帰ったらさー、知らない間に犬飼始めてて......」
「はあっ? そんなことある?」
「弟も一人暮らしになったから両親が寂しがってねー」
ドアのすぐ先では聞き覚えのある声の人たちが、手を洗いながら取るに足らない会話を繰り広げている。
私がこんなに泣いていてもそんなの関係なく時間は過ぎ去るし他人は平穏無事な日常を送る。
自分って世界規模でみると本当に小さい存在だ。自分が主人公の人生だからって、ヒロイン意識が強すぎる。
そんな考えが浮かんだら肩の力がドッと抜け、深呼吸。
今日ここに大勢いる人間のなかに誰が、可愛い衣装に身を包みながらトイレでこっそりむせび泣いてる女がいると思うだろうか。自分でもこの状況の整合性のなさがおかしくなった。
化粧室の人の出入りも激しくて出るタイミングを計るのが難しくしばらく待機した。
音がしなくなったのを十二分に確認し、個室から出る。
急いで鏡の中の自分の顔を確認した。幸いにもアイメイクは少し崩れただけ。
鏡の前で笑顔をつくって、よし、と自分を鼓舞して待機室に戻る。
出番が少しずつ近づき、メイク直しをしてもらう。スタイリストのオンニたちに「なんか......泣いた......?」と聞かれ、「今日徹夜したからあくびが止まらなくて~」とはぐらかした。
化粧室の鏡では大泣きしたわりには見た目に出ていないと思ったのに、ここの鏡で見ると目も鼻先も赤くて明らかに泣いた顔。
この公演中に泣くようなタイミングはないと分かっているオンニたちは不思議そうに私の顔を見ている。
準備を進めているとスタッフが「あと30分でーす」と教えに来て、そのときになって大事なことを思い出した。泣いた後って歌えなくなる。
コラボ相手と1回だけ合わせるから15分前にはステージ裏にいくことになっている。急いで声だしを始めた。
「やっぱり泣いたでしょ。泣いた声してる」、オンニに指摘されて「どうしよう、声でない」と半泣きで自白した。
1人のオンニから、そういうときは一回大声で笑うと声出るようになる、と信憑性のない教えを受けてジウォン推薦のコントを手元に置きながら発声をする。
残念なことに今の私は何をみても笑えず、私の周りにいるオンニたちだけが笑うばかり。しかしその笑い声につられてフッと息が漏れた程度の笑いは出た。それから徐々に笑い声も軽く出るようになって喉の絞まった感覚が弱まっていった。
約束の時間が迫り、オンニたちに「頑張って」と送り出された。
「ユリ~、お待たせ」
私の衣装に合う、白いスーツで登場したコラボ相手。
後輩だけど年上で、彼は練習生期間が短くて私のデビュー後に入社したため関わりが薄い。彼はボーカルの実力で名をあげていて、グループ内の人気は高い。
「オッパ、今日私声あんまり出ないかもしれないです」
「えっ、風邪?昨日はどうもなさそうだったよね」
「まあ......そんな感じです」
「1回合わせてみよう」
不安を感じつつ歌いはじめる。
彼と交互にパートがあり、自分のソロパートの出だしは音程が少しぶれたけど、隣で彼が「大丈夫、いけてるいけてる」と表情で伝えてくれた。
サビは2人で。ようやく本調子が出てくる。歌に安定感があって上手い人ってこっちまで歌いやすくしてくれるから凄い。
彼の才能の恩恵を受けて、歌の不安定さはなくなったし緊張も手放した。
時間があるからともう1度歌い出しだけ練習して「オッケー、いけるよ!」と言ってもらい、ステージ上で歌いこなす自信を取り戻す。
このコラボでしか話したことないけどいい人そう。
歌の準備は整って待機していた私たちにカメラを片手にしたスタッフが会釈しながら声をかけた。
「オフショットで1枚ください」
事務所がネットにあげる用の公式写真だ。
そう親しくもない仲で撮るツーショットはどうしても距離感があり、スタッフに「離れすぎです」と言われる。
戸惑う私をアシストするように彼が「これが僕たちのリアルな距離でーす」と言って笑い飛ばす。彼の軽快な返しに私もつられて笑った。
ツーショットを撮られている最中、オッパのメンバー数名が携帯片手に笑顔を浮かべて近づいてくる。
「いいじゃ~ん」、「めっちゃ仲良さそうじゃ~ん」、「お似合いじゃ~ん」と冷やかされる。
ただ1人、コラボするオッパとだけは接点がなかったが彼以外のメンバーは皆練習生時代に一緒で苦楽を共にした仲。学生時代のクラスメートに近い。
全員私より年上だけど一応私の方が先輩だから......敬語とタメ口半分半分。
デビュー以降、私のマネージャーの”対男性アイドル”ガードが固いためか過去に慣れ親しんだ男子たちは仕事の場で私に話しかけてもこなかった。
ここにきて、私とオッパが仲良さげしているのを見てようやくあの頃と変わらないノリで声をかけてくれた。
突然5年前にタイムスリップした気分。
なんだ、みんな変わってないんじゃん。素直に嬉しかった。昔を思い出して顔が綻んだ。
たった一言だけを残して立ち去り、化粧室に直行した。
今自分のとこに戻ってスタッフに声をかけられても言葉を発するだけで涙がとまらなくなりそうだから。
一番奥の個室に入って鍵を閉めた瞬間に心が決壊した。右手で口を多い、涙とともに沸き上がる嗚咽を抑える。
「そういや昨日実家帰ったらさー、知らない間に犬飼始めてて......」
「はあっ? そんなことある?」
「弟も一人暮らしになったから両親が寂しがってねー」
ドアのすぐ先では聞き覚えのある声の人たちが、手を洗いながら取るに足らない会話を繰り広げている。
私がこんなに泣いていてもそんなの関係なく時間は過ぎ去るし他人は平穏無事な日常を送る。
自分って世界規模でみると本当に小さい存在だ。自分が主人公の人生だからって、ヒロイン意識が強すぎる。
そんな考えが浮かんだら肩の力がドッと抜け、深呼吸。
今日ここに大勢いる人間のなかに誰が、可愛い衣装に身を包みながらトイレでこっそりむせび泣いてる女がいると思うだろうか。自分でもこの状況の整合性のなさがおかしくなった。
化粧室の人の出入りも激しくて出るタイミングを計るのが難しくしばらく待機した。
音がしなくなったのを十二分に確認し、個室から出る。
急いで鏡の中の自分の顔を確認した。幸いにもアイメイクは少し崩れただけ。
鏡の前で笑顔をつくって、よし、と自分を鼓舞して待機室に戻る。
出番が少しずつ近づき、メイク直しをしてもらう。スタイリストのオンニたちに「なんか......泣いた......?」と聞かれ、「今日徹夜したからあくびが止まらなくて~」とはぐらかした。
化粧室の鏡では大泣きしたわりには見た目に出ていないと思ったのに、ここの鏡で見ると目も鼻先も赤くて明らかに泣いた顔。
この公演中に泣くようなタイミングはないと分かっているオンニたちは不思議そうに私の顔を見ている。
準備を進めているとスタッフが「あと30分でーす」と教えに来て、そのときになって大事なことを思い出した。泣いた後って歌えなくなる。
コラボ相手と1回だけ合わせるから15分前にはステージ裏にいくことになっている。急いで声だしを始めた。
「やっぱり泣いたでしょ。泣いた声してる」、オンニに指摘されて「どうしよう、声でない」と半泣きで自白した。
1人のオンニから、そういうときは一回大声で笑うと声出るようになる、と信憑性のない教えを受けてジウォン推薦のコントを手元に置きながら発声をする。
残念なことに今の私は何をみても笑えず、私の周りにいるオンニたちだけが笑うばかり。しかしその笑い声につられてフッと息が漏れた程度の笑いは出た。それから徐々に笑い声も軽く出るようになって喉の絞まった感覚が弱まっていった。
約束の時間が迫り、オンニたちに「頑張って」と送り出された。
「ユリ~、お待たせ」
私の衣装に合う、白いスーツで登場したコラボ相手。
後輩だけど年上で、彼は練習生期間が短くて私のデビュー後に入社したため関わりが薄い。彼はボーカルの実力で名をあげていて、グループ内の人気は高い。
「オッパ、今日私声あんまり出ないかもしれないです」
「えっ、風邪?昨日はどうもなさそうだったよね」
「まあ......そんな感じです」
「1回合わせてみよう」
不安を感じつつ歌いはじめる。
彼と交互にパートがあり、自分のソロパートの出だしは音程が少しぶれたけど、隣で彼が「大丈夫、いけてるいけてる」と表情で伝えてくれた。
サビは2人で。ようやく本調子が出てくる。歌に安定感があって上手い人ってこっちまで歌いやすくしてくれるから凄い。
彼の才能の恩恵を受けて、歌の不安定さはなくなったし緊張も手放した。
時間があるからともう1度歌い出しだけ練習して「オッケー、いけるよ!」と言ってもらい、ステージ上で歌いこなす自信を取り戻す。
このコラボでしか話したことないけどいい人そう。
歌の準備は整って待機していた私たちにカメラを片手にしたスタッフが会釈しながら声をかけた。
「オフショットで1枚ください」
事務所がネットにあげる用の公式写真だ。
そう親しくもない仲で撮るツーショットはどうしても距離感があり、スタッフに「離れすぎです」と言われる。
戸惑う私をアシストするように彼が「これが僕たちのリアルな距離でーす」と言って笑い飛ばす。彼の軽快な返しに私もつられて笑った。
ツーショットを撮られている最中、オッパのメンバー数名が携帯片手に笑顔を浮かべて近づいてくる。
「いいじゃ~ん」、「めっちゃ仲良さそうじゃ~ん」、「お似合いじゃ~ん」と冷やかされる。
ただ1人、コラボするオッパとだけは接点がなかったが彼以外のメンバーは皆練習生時代に一緒で苦楽を共にした仲。学生時代のクラスメートに近い。
全員私より年上だけど一応私の方が先輩だから......敬語とタメ口半分半分。
デビュー以降、私のマネージャーの”対男性アイドル”ガードが固いためか過去に慣れ親しんだ男子たちは仕事の場で私に話しかけてもこなかった。
ここにきて、私とオッパが仲良さげしているのを見てようやくあの頃と変わらないノリで声をかけてくれた。
突然5年前にタイムスリップした気分。
なんだ、みんな変わってないんじゃん。素直に嬉しかった。昔を思い出して顔が綻んだ。