Too late
 家に帰ってソファーに寝転んだ瞬間、疲れがどっと出る。
 日中の間に外気により温められて、むっとしている室内。
 ローテーブルの上のリモコンに手を伸ばしてエアコンをつけるのが精一杯。
 もう24時間以上起きているから当然だが今日という日がすごく長かった。
 目まぐるしく過ぎ、良いことも悪いことも起きて頭の整理は追い付いてない。
 
 そうだ、彼氏にお別れを告げないと。
 あの場では絶対に別れてやるものかと思った。先生への反発心。
 そのあと、コラボステージを成功させたことで考えが一変する。
 私の成長に気づかせてくれたシエン先輩。彼のおかげで失いかけていた仕事への意欲やデビュー前に描いていた理想像を思い出した。
 自分の成長を自分が止めていたことに気づき、一気に頭は冷めた。
 冷静になって思い返しても、先生の言葉は過ぎた。
 先生って感情的な人ではない。あんなことを言ったのが信じがたくて最初はショックや怒りしかなかったが、先生も会社からの重圧を背負っているのかな、などと相手を心配する余裕まででてきた程だ。

 今すぐにでも別れたほうが良さそう。でも明日も公演だから......と一度は彼の精神状態を危惧したが、お風呂に入っている間もひたすら頭にチラついてモヤモヤする。
 スコールのようなシャワーに打たれながら瞳を閉じて、心の中のもやつきを一掃する。
 考えるよりも先に沸いて出てくる直感が欲しかった。
 何分が経っただろう。
 すぐそこに迫る別れのときをただ先延ばしにしたかっただけかもしれない。

 お風呂を出て、いつもならすぐに髪を乾かす。
 洗面台の前に立っている間に決断が揺らぐといけない。
 髪を乾かしていると途中で何も言わずに後ろから私を抱き締める彼の姿が、洗面だの鏡を見たら甦りそうで。
 髪は濡らしたまま。デヒョンにカトクを送った。
【別れよう。短い間だけど、ありがとう。応援してるよ。】
 文字数が多いほど彼は混乱しそうだから、必要最低限の気持ちだけ。
 ピュアで一途な彼がどれほどショックを受けるか、想像がしてしまい胸が張り裂けそうだ。
 寄り添って、抱きしめて、慰めてあげたい。
 もう何ひとつ叶わない。

 ソファを背もたれにしてうずくまる。
 テレビをつけているのに部屋は信じられないくらい静かだ。
 さっきまで大勢の人と一緒にいたのに急に一人になったからか感傷の波が大きな音をたて押し寄せる。
「......っはあ......」
 泣き叫んだっていい。それなのにぐっと唇を噛み締めるせいか声は出なかった。
 大きな雫をこぼし、カカオトークを開いて履歴の一番上にいる彼に気づけば“辛い“と送っていた。

 どうせニューヨークにいるし―
 

 気持ちを誰かに吐き出したかっただけで、返事を期待していたわけではなかった。 
 数分して、携帯が知らせたのは返事ではなく着信。
 彼にはどうせバレるだろうけど、咳払いをして声が出るのを確認してから電話をとった。

「今どこにいんの?」

「え......家だけど」

「行くね、今から」

「えっ!? ちょっと待って、ニューヨークでしょ?」

「実は戻ってきてんだ」

「待って、私そんなつもりじゃなくて」

「辛いんでしょ? 今日ちょうど俺も辛い」

 予想外の展開についていけない。
 シウが韓国に戻ってきた。
 そんな気配全然無かったのに......いや、もしかして誕生日のときにチョルスが言ってた事ってそういうこと!?
 帰ってこようと思えばいつでも帰ってこれるんだから、って言われた。
 もしやチョルスはシウの帰国を知っていた......

「とりあえず行くから。ユリ、今泣いてるみたいだし心配」

「あっ! 待って! 家違う!」

 動揺が止まらない私は拒むこともなく、引っ越しして家が変わったことをちゃんと伝える。
 彼のペースに巻き込まれて受け入れたものの、電話が切れてから一気に焦りだす。
 シウとは幼馴染みに戻れた感覚ではあっても、次に会う時は絶対に元の鞘に収まらないという確信には至らなかった。
 会えない距離にいたからこそ、これから彼が帰国するまでの期間で時間をかけて幼馴染みとしての絆を強固なものにしようと思った上での仲直りだった。
 
会える距離で深夜に8時間も電話してたなら話は違う気がする。
 しかも私は彼氏と別れたばかり。その日のうちに他の男性を家に入れるなんて
 彼には新しい家の住所を送った。電話で引っ越したことを伝えたらすごい驚いてた。あの家は彼との思い出が多いから。でも結局ここにも彼をあげてしまうなんて、自分の意志の弱さに失望する


今もう既にお風呂上がりですっぴんだったけど、メイクするのもおかしいし、でもなんか恥ずかしいし
髪の毛だけ巻いて部屋着から洋服に着替えた

準備万端、緊張の瞬間、


ドアを開けた先には

何故かスーツ姿の、シウが立っていた。
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