Too late
「俺、実はいろいろあって......」
彼がスーツを着ている理由がそんなに大きなものなのだろうか。
彼は急に真面目な顔をする。
いつになくシリアスな表情で、私は真剣に話を聞こうと体ごと彼に向ける。
その日シウが話してくれたことを一度に全て飲み込むのは難しかった。
「地元に帰ってみたものの、案外楽しくなくてさ......」
渡米してはじめの数ヵ月しか連絡をとっておらず、知らなかった。
彼の生まれ故郷のニューヨーク、私は仕事で2、3回行った。
想像以上の大都会、目が回るほど刺激的で、世界が一ヶ所に凝縮されたような街。
初めてNYを訪ねたとき、こんな所で育ったシウが無口でポーカーフェイス極まりない仕上がりなことが心底不思議で仕方なかった。すぐさま「前に住んでたのって本当にNY?」と確かめたほどだ。
それに対し「俺が居たのはマンハッタンじゃなくてクイーンズだから」と言っていた。彼曰く観光客が見ている場所だけがああで、他は普通らしい。
留学先ではマンハッタンというNYの中心地にステイして、幼少期と違ってさぞ刺激的な日常を送っているのだと思っていた。
「勉強しかすること無かったから単位取り終わって大学卒業したんだよね」
「はっ!?」
大学を卒業?
まだ大学3年生のはずの彼が......卒業?
勉強はしてこなかった私、学校での成績もそう良くはなくて大学進学はしなかった。
かろうじて、語学学校に勤める母のお陰で言語に興味はあり、英語は少々話せる。
今は芸能界に身を置いているが事務所との契約期間が終わったあとのことは何も考えていない。無職になる可能性もある。母は「もしそうなったらうちの学校の受付でも頼むわ」と言っている。
なるようになる精神で生きてきた私と、韓国内の一流大学を飛び級で卒業しちゃうほど努力家で賢いシウ。
私は小学生で事務所に入ってデビューだけを念頭に置いていたため親に勉強を無理強いされたこともなく他人の成績やどこの高校や大学が良いだとかそういうのに関心がなかった。
ある程度の時期からソヌが「兄ちゃんは俺と違って頭いいから」とことあるごとに言っていた訳を今さら知る。
シウって本当に頭が良いんだ......そう思った途端、私の言葉の端々から頭の悪さが滲み出ていないかと不安になる。
私の驚いた様子にはものともせず「それはまあどうでもよくて」だけで終わらせた。
もっと誇ることじゃないのか、相変わらず人間らしさがない。
凄いことを涼しい顔でやってのける所はクールでかっこいいと言えば聞こえはいい。しかし彼の素っ気なさは短所にも思える。
シウは私を褒めてくれることがあるけど、この人の褒め言葉はもはや信用できない。彼が今まで私にくれた褒め言葉を何個か思い出して、言葉の裏を読みたくなった。
「うちの両親、知らないうちに離婚してて」
彼が穏やかなトーンでまたも衝撃の事実を告白した。
どう反応すべきか、ちょうどいい言葉も見つからない。
彼が、自分の成し遂げたことをそう誇示しなかったのもそれよりさらに驚く話があってのことだったのだ。
シウが家族で韓国に移住した時、すでにシウはお母さんと弟の3人暮らしだった。
お父さんの仕事で生まれた直後からニューヨークに居たシウ。10才の時に家族で韓国に移住した。
韓国に来てからもシウの両親は仕事の都合上別居していただけで、週末にはお父さんの家に会いに行っていた。
ただ当時から彼のお父さんの存在は不思議だった。
仕事都合の別居だとして週末に会う場所がシウたちが3人で暮らす家でないのは何故だろうと子どもの私でさえ疑問を抱いていた。
シウの実家は一軒家で、中古ではなく新築。
立派な家なのに、なんでわざわざお父さんが一人暮らししているであろう家に行くのかわからなかった。
前に写真で見たシウのお父さんの記憶が頭の片隅に残っている。シウよりも弟のソヌのほうがお父さんに似ていた。エネルギッシュで人の良さそうな雰囲気だが生活感がないというか、お父さんっぽさはなかった。
たしかお仕事はテレビ局員で、NYへ行ったのも支局への派遣。
10年近く別居していたにしても両親同士の仲も良いと聞いていたし、離婚は予想していなかっただろう。
ただ、彼自身がショックを受けた様子もないので少しホッとした。
「で、今は俺の親父の仕事を手伝ってるんだ。ちょっと秘書みたいな? 来年入社する予定だけど、早めに現場みてた方がいいから」
「テレビ局だったよね? じゃあメディア関係?」
「うん......」
彼が口ごもる。
「なんか隠してる?」
私の問いかけに黒眼をうろうろさせて動揺をみせる。
視線をそらすと小さなため息をついて、不安げに私の手を握った。
「俺から......離れないで」
彼がスーツを着ている理由がそんなに大きなものなのだろうか。
彼は急に真面目な顔をする。
いつになくシリアスな表情で、私は真剣に話を聞こうと体ごと彼に向ける。
その日シウが話してくれたことを一度に全て飲み込むのは難しかった。
「地元に帰ってみたものの、案外楽しくなくてさ......」
渡米してはじめの数ヵ月しか連絡をとっておらず、知らなかった。
彼の生まれ故郷のニューヨーク、私は仕事で2、3回行った。
想像以上の大都会、目が回るほど刺激的で、世界が一ヶ所に凝縮されたような街。
初めてNYを訪ねたとき、こんな所で育ったシウが無口でポーカーフェイス極まりない仕上がりなことが心底不思議で仕方なかった。すぐさま「前に住んでたのって本当にNY?」と確かめたほどだ。
それに対し「俺が居たのはマンハッタンじゃなくてクイーンズだから」と言っていた。彼曰く観光客が見ている場所だけがああで、他は普通らしい。
留学先ではマンハッタンというNYの中心地にステイして、幼少期と違ってさぞ刺激的な日常を送っているのだと思っていた。
「勉強しかすること無かったから単位取り終わって大学卒業したんだよね」
「はっ!?」
大学を卒業?
まだ大学3年生のはずの彼が......卒業?
勉強はしてこなかった私、学校での成績もそう良くはなくて大学進学はしなかった。
かろうじて、語学学校に勤める母のお陰で言語に興味はあり、英語は少々話せる。
今は芸能界に身を置いているが事務所との契約期間が終わったあとのことは何も考えていない。無職になる可能性もある。母は「もしそうなったらうちの学校の受付でも頼むわ」と言っている。
なるようになる精神で生きてきた私と、韓国内の一流大学を飛び級で卒業しちゃうほど努力家で賢いシウ。
私は小学生で事務所に入ってデビューだけを念頭に置いていたため親に勉強を無理強いされたこともなく他人の成績やどこの高校や大学が良いだとかそういうのに関心がなかった。
ある程度の時期からソヌが「兄ちゃんは俺と違って頭いいから」とことあるごとに言っていた訳を今さら知る。
シウって本当に頭が良いんだ......そう思った途端、私の言葉の端々から頭の悪さが滲み出ていないかと不安になる。
私の驚いた様子にはものともせず「それはまあどうでもよくて」だけで終わらせた。
もっと誇ることじゃないのか、相変わらず人間らしさがない。
凄いことを涼しい顔でやってのける所はクールでかっこいいと言えば聞こえはいい。しかし彼の素っ気なさは短所にも思える。
シウは私を褒めてくれることがあるけど、この人の褒め言葉はもはや信用できない。彼が今まで私にくれた褒め言葉を何個か思い出して、言葉の裏を読みたくなった。
「うちの両親、知らないうちに離婚してて」
彼が穏やかなトーンでまたも衝撃の事実を告白した。
どう反応すべきか、ちょうどいい言葉も見つからない。
彼が、自分の成し遂げたことをそう誇示しなかったのもそれよりさらに驚く話があってのことだったのだ。
シウが家族で韓国に移住した時、すでにシウはお母さんと弟の3人暮らしだった。
お父さんの仕事で生まれた直後からニューヨークに居たシウ。10才の時に家族で韓国に移住した。
韓国に来てからもシウの両親は仕事の都合上別居していただけで、週末にはお父さんの家に会いに行っていた。
ただ当時から彼のお父さんの存在は不思議だった。
仕事都合の別居だとして週末に会う場所がシウたちが3人で暮らす家でないのは何故だろうと子どもの私でさえ疑問を抱いていた。
シウの実家は一軒家で、中古ではなく新築。
立派な家なのに、なんでわざわざお父さんが一人暮らししているであろう家に行くのかわからなかった。
前に写真で見たシウのお父さんの記憶が頭の片隅に残っている。シウよりも弟のソヌのほうがお父さんに似ていた。エネルギッシュで人の良さそうな雰囲気だが生活感がないというか、お父さんっぽさはなかった。
たしかお仕事はテレビ局員で、NYへ行ったのも支局への派遣。
10年近く別居していたにしても両親同士の仲も良いと聞いていたし、離婚は予想していなかっただろう。
ただ、彼自身がショックを受けた様子もないので少しホッとした。
「で、今は俺の親父の仕事を手伝ってるんだ。ちょっと秘書みたいな? 来年入社する予定だけど、早めに現場みてた方がいいから」
「テレビ局だったよね? じゃあメディア関係?」
「うん......」
彼が口ごもる。
「なんか隠してる?」
私の問いかけに黒眼をうろうろさせて動揺をみせる。
視線をそらすと小さなため息をついて、不安げに私の手を握った。
「俺から......離れないで」