Too late
シウとの話は尽きない。時計の針は11時をまわろうとしている。
自分の話を一通り終えて満足した彼は知らぬ間に出前を頼んでいた。
すっかり私の新しい家にも慣れて実家のごとく寛ぐ。
この部屋に越して半年以上経ち、主である私もようやく愛着がわいてきたこの頃。
彼をここにあげたのはこれが初めだというのに彼が胡座をかいて出前のジャージャー麺を頬張っているこの光景が妙にしっくりくる。「なんか初めて来た感じがしないなぁ」と本人も言った。
私に「で、ユリは今日何があったの?」と話を振ってきたときに今日一日の出来事が走馬灯のごとく頭を駆け巡り、すごく昔のことのように思えた。
「まあ、いいよ。私の話は大したことないから」
彼の悩みに比べるとちっぽけで、彼には言えっこない。
彼が頼んでくれた私のお気に入り店のチキンで満腹になった途端、猛烈な疲労感と睡魔に襲われる。
「ねぇ、明日もライブあって9時起きなんだけど」
先にお風呂に入っててよかった。もうこのままソファーで寝れそう。
目の前には出前の残骸。片付けまでする余裕はない。
「お腹いっぱーい。もう寝そう」
カーペットの上からミミズのように張って体をよじ登らせてソファーに移動した。
目を閉じて、深い呼吸をする。あと3呼吸もしないうちに眠りに落ちそうだ。
「じゃあそろそろ寝る?」
テーブルを挟んで正面に座っていたはずのシウの声が突然すぐそばで聞こえてバチっと目を開けた。
至近距離で私の顔を嬉々としてと見つめていた。
「なに」
顔の近さに思わず顔を逸らす。
スリープモードに移行しかけていた私の身体中の細胞がぽつりぽつりと覚醒していくのを感じる。
「で、今日何があったの?」
「先生に怒られちゃった。自業自得なんだけどね」
「なんで?」
「......悪いことしたから」
「悪いことって? その先生を傷つけるようなこと?」
シウにはまだ彼氏と別れたことを言ってないし彼から聞かれもしない。
彼氏持ちの女の家にあがるような男じゃない。
私が家に入れるのを断らなかった時点でもう別れたと勘づいたのか。
「ううん......私、恋愛禁止されてるから、まぁ、そういうこと」
物わかりのいい彼は事を理解した。
「なるほどね。まだ禁止されてんだ」
大変だね、と乾いた笑い声をあげ一度私の頭をそっと撫でると、何度も何度も、それを繰り返す。
手が私の頬へと移った。
「こんな可愛い子、放っとかれるわけないじゃん。怒られるの意味わかんないね」
さっきよりも低く囁くような声。ふと見た彼は甘い表情だ。
今でもそんな顔を見せてくれるんだ。
「......ステージに上がる前でね、トイレの個室で大泣きしたんだ」
「そうなの? がんばったね。偉いよ」
望み通りの言葉。
彼のほうに”もっと褒めて~”という風にすり寄る。
「んふふっ......」
彼はあがっていく口角を隠すように手で覆いながらも顔を綻ばせた。
冷たいっていわれているあなたが私の前だとそうなっちゃうの、堪んない。
周囲は彼を表情が読めず何を考えているかわからないと言うけれど、私には彼の心が手に取るようにわかる。私には感情を出してくれるから。
長く一緒にいるから分かって当たり前と言われればそう。
何よりも“私の前”という条件付きで人間味が増す所こそ、彼の私に対する想いを裏づける。
私と一緒にいるときのシウと会った人は彼を「案外親しみやすい」と言って、そうでない人は「クールで無口」と表す。
中高時代も、モテるからってスカしていると同姓受けがとにかく悪く嫌な目にも遭っていた話はソヌ伝いでよく聞いた。
シウは言い返さないから代わりにソヌが言い争ってたみたい。
誤解を受けやすい彼を、本当は愛情深い人なんだけどな、と擁護したい反面、私にだけ格別の愛情を降り注ぐ彼をこのままずっと独り占めしたいって欲深な自分もいる。
自分の話を一通り終えて満足した彼は知らぬ間に出前を頼んでいた。
すっかり私の新しい家にも慣れて実家のごとく寛ぐ。
この部屋に越して半年以上経ち、主である私もようやく愛着がわいてきたこの頃。
彼をここにあげたのはこれが初めだというのに彼が胡座をかいて出前のジャージャー麺を頬張っているこの光景が妙にしっくりくる。「なんか初めて来た感じがしないなぁ」と本人も言った。
私に「で、ユリは今日何があったの?」と話を振ってきたときに今日一日の出来事が走馬灯のごとく頭を駆け巡り、すごく昔のことのように思えた。
「まあ、いいよ。私の話は大したことないから」
彼の悩みに比べるとちっぽけで、彼には言えっこない。
彼が頼んでくれた私のお気に入り店のチキンで満腹になった途端、猛烈な疲労感と睡魔に襲われる。
「ねぇ、明日もライブあって9時起きなんだけど」
先にお風呂に入っててよかった。もうこのままソファーで寝れそう。
目の前には出前の残骸。片付けまでする余裕はない。
「お腹いっぱーい。もう寝そう」
カーペットの上からミミズのように張って体をよじ登らせてソファーに移動した。
目を閉じて、深い呼吸をする。あと3呼吸もしないうちに眠りに落ちそうだ。
「じゃあそろそろ寝る?」
テーブルを挟んで正面に座っていたはずのシウの声が突然すぐそばで聞こえてバチっと目を開けた。
至近距離で私の顔を嬉々としてと見つめていた。
「なに」
顔の近さに思わず顔を逸らす。
スリープモードに移行しかけていた私の身体中の細胞がぽつりぽつりと覚醒していくのを感じる。
「で、今日何があったの?」
「先生に怒られちゃった。自業自得なんだけどね」
「なんで?」
「......悪いことしたから」
「悪いことって? その先生を傷つけるようなこと?」
シウにはまだ彼氏と別れたことを言ってないし彼から聞かれもしない。
彼氏持ちの女の家にあがるような男じゃない。
私が家に入れるのを断らなかった時点でもう別れたと勘づいたのか。
「ううん......私、恋愛禁止されてるから、まぁ、そういうこと」
物わかりのいい彼は事を理解した。
「なるほどね。まだ禁止されてんだ」
大変だね、と乾いた笑い声をあげ一度私の頭をそっと撫でると、何度も何度も、それを繰り返す。
手が私の頬へと移った。
「こんな可愛い子、放っとかれるわけないじゃん。怒られるの意味わかんないね」
さっきよりも低く囁くような声。ふと見た彼は甘い表情だ。
今でもそんな顔を見せてくれるんだ。
「......ステージに上がる前でね、トイレの個室で大泣きしたんだ」
「そうなの? がんばったね。偉いよ」
望み通りの言葉。
彼のほうに”もっと褒めて~”という風にすり寄る。
「んふふっ......」
彼はあがっていく口角を隠すように手で覆いながらも顔を綻ばせた。
冷たいっていわれているあなたが私の前だとそうなっちゃうの、堪んない。
周囲は彼を表情が読めず何を考えているかわからないと言うけれど、私には彼の心が手に取るようにわかる。私には感情を出してくれるから。
長く一緒にいるから分かって当たり前と言われればそう。
何よりも“私の前”という条件付きで人間味が増す所こそ、彼の私に対する想いを裏づける。
私と一緒にいるときのシウと会った人は彼を「案外親しみやすい」と言って、そうでない人は「クールで無口」と表す。
中高時代も、モテるからってスカしていると同姓受けがとにかく悪く嫌な目にも遭っていた話はソヌ伝いでよく聞いた。
シウは言い返さないから代わりにソヌが言い争ってたみたい。
誤解を受けやすい彼を、本当は愛情深い人なんだけどな、と擁護したい反面、私にだけ格別の愛情を降り注ぐ彼をこのままずっと独り占めしたいって欲深な自分もいる。