Too late
「明日も来ていい?」
いいよと即答しそうになった。慎重になるべき。
今日うっかり家にあげたけど、頻繁に会うと元に戻りかねないから。
「ん~......明日打ち上げあるし遅くなるよ」
「遅くてもいいよ」
間髪いれずにそう言った。
「でも明日はめっちゃ疲れてるかも」
乗り気じゃない反応に彼が眉を一瞬だけピクッとひそめる。
「え、来たら嫌?」
「いや......そういうわけじゃないけど、前みたいになりたくない」
寝転んでいた体を起こしてソファーの上で足を抱きかかえて縮こまる。
彼は私の手を取って彼の両手で包み込むように握った。
密着した2人の手を何かを悩み考えている様子で眺めて、
「俺もそうだよ」
顔を伏せて重たい息を吐く。
数秒間の沈黙。
私と同じくらい、相手も思い悩んでいた。
関係のあった2年半の間で、ちゃんと付き合いたいと言われたことは数回ある。
そういう文句は軽く流していた。
それでも縁が切れることなく彼は家に来ていたから、曖昧な関係も楽しめる人とばかり思っていた。
しかしある時、軽くあしらわれた彼が切ない表情を一瞬浮かべた。
都合のいい関係を続けたくて、彼の本心をわざと見過ごした。
私を口説く度にその顔をする。毎度、“大丈夫。まだ彼は離れない”と確認する。
パッと顔をあげた彼。その力強い目からは覚悟が感じられる。
「俺は前とは違う関係性になりたいと思ってるから」
また明日ね、とジャケットを手にとって颯爽と玄関へ向かった。
私は慌てて彼のあとに続いた。
彼はパタパタと後ろから近づく足音に気づくと急に立ち止まり、私は思いっきり彼の背中にぶつかる。
「急に止まらないでよ」
「じゃあ、また連絡っ......」
彼がこちらに振り返るのを待ちきれなかった。
強引に自分の方へと彼のネクタイを引っ張って抱きしめる。
「……ユリ」
「んー?」
「俺のこと......騙していいから」
言葉の真意がわからない。
“騙していい”
世の中に他人から騙されたい人間なんていない。
「また明日。おやすみ」
額に口づけを落とす。
「じゃあ、打ち上げ終わったら連絡するね」
名残惜しそうな後ろ姿を見送った。
荒れたテーブルはそのままに、携帯片手にすぐさま布団へ飛び込む。
明日のアラームを設定しようと何時間も放置していた画面を点灯させる。
何件かの通知。デヒョンからのメッセージが目に入った。
通知で軽くメッセージ冒頭を読んだだけでどういった内容かを察した。
リク先生から恋愛している以上はもうステージにはあげないと言われた、と。
彼は私以上に酷く叱られたはず。
数ヵ月間の感謝と、この別れが本意ではない旨がつらつらと記されている。
彼の素直で正直すぎるところが凝縮されたその文面。
布団にくるまりながら頬を濡らす。
【デビュー、楽しみに待ってるね。私も仕事を頑張るよ。】
返事を終えるとカカオトークに登録していたひよこの絵文字を消して“デヒョン”に戻す。
ついこの間設定したばかり。まさかこんなにも早くその名を元通りにすることになるとは思っていなかった。
携帯を伏せ、私の長い一日は幕を閉じた。
いいよと即答しそうになった。慎重になるべき。
今日うっかり家にあげたけど、頻繁に会うと元に戻りかねないから。
「ん~......明日打ち上げあるし遅くなるよ」
「遅くてもいいよ」
間髪いれずにそう言った。
「でも明日はめっちゃ疲れてるかも」
乗り気じゃない反応に彼が眉を一瞬だけピクッとひそめる。
「え、来たら嫌?」
「いや......そういうわけじゃないけど、前みたいになりたくない」
寝転んでいた体を起こしてソファーの上で足を抱きかかえて縮こまる。
彼は私の手を取って彼の両手で包み込むように握った。
密着した2人の手を何かを悩み考えている様子で眺めて、
「俺もそうだよ」
顔を伏せて重たい息を吐く。
数秒間の沈黙。
私と同じくらい、相手も思い悩んでいた。
関係のあった2年半の間で、ちゃんと付き合いたいと言われたことは数回ある。
そういう文句は軽く流していた。
それでも縁が切れることなく彼は家に来ていたから、曖昧な関係も楽しめる人とばかり思っていた。
しかしある時、軽くあしらわれた彼が切ない表情を一瞬浮かべた。
都合のいい関係を続けたくて、彼の本心をわざと見過ごした。
私を口説く度にその顔をする。毎度、“大丈夫。まだ彼は離れない”と確認する。
パッと顔をあげた彼。その力強い目からは覚悟が感じられる。
「俺は前とは違う関係性になりたいと思ってるから」
また明日ね、とジャケットを手にとって颯爽と玄関へ向かった。
私は慌てて彼のあとに続いた。
彼はパタパタと後ろから近づく足音に気づくと急に立ち止まり、私は思いっきり彼の背中にぶつかる。
「急に止まらないでよ」
「じゃあ、また連絡っ......」
彼がこちらに振り返るのを待ちきれなかった。
強引に自分の方へと彼のネクタイを引っ張って抱きしめる。
「……ユリ」
「んー?」
「俺のこと......騙していいから」
言葉の真意がわからない。
“騙していい”
世の中に他人から騙されたい人間なんていない。
「また明日。おやすみ」
額に口づけを落とす。
「じゃあ、打ち上げ終わったら連絡するね」
名残惜しそうな後ろ姿を見送った。
荒れたテーブルはそのままに、携帯片手にすぐさま布団へ飛び込む。
明日のアラームを設定しようと何時間も放置していた画面を点灯させる。
何件かの通知。デヒョンからのメッセージが目に入った。
通知で軽くメッセージ冒頭を読んだだけでどういった内容かを察した。
リク先生から恋愛している以上はもうステージにはあげないと言われた、と。
彼は私以上に酷く叱られたはず。
数ヵ月間の感謝と、この別れが本意ではない旨がつらつらと記されている。
彼の素直で正直すぎるところが凝縮されたその文面。
布団にくるまりながら頬を濡らす。
【デビュー、楽しみに待ってるね。私も仕事を頑張るよ。】
返事を終えるとカカオトークに登録していたひよこの絵文字を消して“デヒョン”に戻す。
ついこの間設定したばかり。まさかこんなにも早くその名を元通りにすることになるとは思っていなかった。
携帯を伏せ、私の長い一日は幕を閉じた。