Too late

年上の後輩

 公演2日目。昨日と違って体調は万全。コラボステージを良いコンディションで終えることができた。
 昨日の初ステージで私にも新たなファンがついたのか、より大きな歓声を受けた。 
 その歓声に、コラボ相手のオッパと舞台上でも笑い合い、会場は黄色い悲鳴と熱気に包まれた。
 舞台を降りたら前日よりも近い距離感で喜びに浸りつつハイタッチ。
「おつかれ~! 2日間ありがとう! 昨日よりも声が合ってた気がする!」
「ありがとうございました~楽しかったです! オッパで良かった......」
「本当? それならいいけど......」

 何か含みのある反応に違和感を感じたまま、待機室までつながる長い廊下を歩き始めた。

「俺らのファン、ちょっと勢いが凄いからさ......嫌じゃないかなって思ってて、心配だった」
 困ったもんだよ、と眉尻を垂れさせる。

「あそこまでファンダムが大きいとそうですよね」
「うーん、本当にね.....ファンがいてこその商売だけど、そのファンに悩ませられるなんて思ってもなかったよ」

 ポケットに片手を突っ込み、気だるそうに首を回しながらため息混じりに呟く。  
 この間もネットニュースで彼らのファンが滞在先のホテルの部屋にまで侵入したと見た。
 韓国アイドルの人気につきものな存在、私生活も脅かすファン、通称サセン。女性アイドルにもサセンは一定数いるけれど、男性アイドルのサセンは数が桁違いで行動の危険性は常軌を逸している。
 心優しいオッパはこんな風に言っているが大半のアイドルがサセンを忌み嫌う。
 サセンは好きの延長線上にいるように見えるが、好きな相手を精神的に追い込むようならもはやアンチよりも攻撃性がある。
 今もこうやって、ひとつ仕事をするにも自分と関わる人のことを心配している。
 人気商売も大変だ。ファンがいないと成り立たないが一度凶暴化したファンを抑え込むのは難しい。

「最近女の人がこわいんだ......危ないのは一部の人なんだけどね......同業の子しか信用できない」
 その横顔にはつい数分前までの輝きはない。
 さっきまでラブソングをデュエットしていたとは思えない、現実的な話。

「確かに......特に過激なサセンって女性が多いかも」
 
 オッパが最近の事例をあげ、いかに危険な目にあっているかを教える。
 その話を聞きながら、自分が安全なファンに恵まれていると実感した。
 ファンとひとくくりにしても、女性と男性でアイドルに対する気持ちや考え方は異なる。
 男性アイドルの方がより深刻な被害にあっている時点で女性サセンの凶暴さはお察しだ。
 もちろん女性アイドルで男性ファンに粘着される人もいる。
 私は事務所に作られたイメージで守られているように思う。その分、大衆人気の獲得もできていないのかもしれないけれど……
 私のコンセプトは媚びず揺らがず、自分をしっかりと保っている力強い女性。
 会社側はソロでの成功に向けて男性ファンの獲得に重きを置くつもりだった。しかしリクPDの思案で女性から憧れられるアイドルへとコンセプトを転換した。
 私のデビュー1年前に他事務所から誕生した女性ソロアイドルのファンは男性8割女性2割。
 フェミニンでラブリーなコンセプトの彼女は曲調も振り付けも可愛くて、完全に男性向けのアイドルだ。彼女に本気で恋するファンも少なくはない。
 それを見たリクPDは同じ路線だと注目を浴びるのは難しいと予想し、コンセプトの変更に至った。
 彼女は顔立ちはあどけなく初恋を想わせるような儚い美少女。おまけに小柄で華奢。
 対して私は高身長で切れ長の二重に黒々とした眉毛、父親譲りの面長。
 時代劇の役なんかには合いそうだけど少々凛々しすぎる。我ながら気の強そうな顔だ。
 女性ソロアイドルという枠で彼女と戦う場合に“可愛らしさ”で売っても勝ち目はない。
 ザ・アイドルで女の子らしさ全開の彼女とは真逆の女性ウケ路線で新しいジャンルを開拓することこそリクPDの狙いだった。
 デビューしてみた結果、女性ファン7割強のファンダムが出来上がった。
 事務所からは、大衆人気の獲得までに時間を要していることで私のプロデュースを失敗に思われているが、私は今の調子で充分満足かもしれない。
 オッパのように新人のうちから人気に火がつくのも苦労を伴う。
 同僚たちで溢れかえるケータリング所が近づくと、「なんか嫌な話しちゃったね。ごめんね。聞いてくれてありがと」と、彼はその話をやめた。
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