Too late
 昨日のごとく彼は待っていたメンバーのもとへ、私は待機室へ。
 おつかれさま、と別れようとした私たちを誰かの声が引き留める。

「ジョンヒョン、ユリ、ちょっと来い」

 嫌な予感。私一人なら確実に聞こえていないフリをしていた。
 オッパもいる手前そうはいかず、声の主のもとへ2人で寄っていく。
 スパボのメンバーのテーブルに加わって談笑していたらしいその人が一体何の用で私を呼びつけることがあろうか。
 居合わせた先輩たちは「お~ユリじゃん久しぶり~」と声をかけてくる。
 そこにはハル先輩もいて、意識しないようにと意識しすぎたあまり間違えて彼を凝視してしまい目が合う。
 前と変わらないほほ笑みを浮かべた。大人な対応の先輩に対し、私はぎこちない作り笑いしか出ない。
 その気まずさにも、今だけは少し救われる。
 昨日の今日で直接、しかも人前でリクPDと会話する羽目になるとは。
 
「2人、コラボでの活動が決まったから。1週間だけな」
 隣に立つ彼を見ると、彼も私の反応をうかがっていた。

「えっ......それってもう確定なんですか?」
「さっき決まったんだ」

 ステージが終わってからここに来るまでの会話が思い出される。
 もう一度オッパの反応を確かめる。またもや相手もこちらにゆっくりと顔を向けた。
 きっと彼も同じことを考えている。

「なにその反応。まずいことでもあんの~?」
 言葉なく互いの様子を確認する私たちに、先輩は不思議そう。

「大丈夫? ユリ」
 ジョンヒョンオッパは心配かつ申し訳なさそうにしている。
 不憫だ。

「一緒に頑張りましょう」
「......ありがとう。頑張ろうな」
 この人とは一緒に仕事をしたい。こんな機会、貴重だし逃すわけにいかない。
 活動しながら嫌なこともゼロではないだろうけど、そろそろ荒波に揉まれてもいい。
 ずっと平穏だった私の芸能活動。学生生活を終えて専業になった今、頑張り時だ。
 せっかくのビッグチャンス、たとえ叩かれてもいい。
 さっき彼が言っていた。今の彼は時たま自分に非がないことでもネット記事になって炎上する、と。
 彼はそれを炎上という名の起爆剤だと揶揄する。
 人気のあまり仕事以外の時間もカメラに追いかけ回されて一瞬も逃されず、ふとした振る舞い、言動が引き金になる。
 疲れきった中、移動中もずっと監視され、ため息をつくのも憚られる。
 一見何の問題もないはずの行動をネットニュースやアンチがおおごとにする。
 彼も最初は、何も悪いことをしていないのにと悔しい思いをしたがそれを繰り返す度にどんどん自分とグループの名が大きくなったそう。
 ネットの声が全人間の意見に思えるが、ネット民は大衆のわずか一部で、大袈裟なネット記事を見て「何でこれで炎上しているんだろう、大変だな」で済む人がほとんど。だから叩かれたときはそれをうまく利用すればいい、と。
 今は違っても、いつか自分がつけあがっていて妥当な言動で炎上しても周囲の意見を聞き入れなくなる日が来たときには、互いに目を覚まさせ合おうとメンバー間でも決めているとも言っていた。
 しっかりしている。人気になるだけの器があると感心した。
 私が1年先輩だけど、3つ上の彼。学ぶことも多い。
 彼の教えでスイッチが入った。
 活動をしていくなかで、必ずやオッパ側のファンに叩かれる。
 しかしその炎上をも知名度獲得のためのガソリンにしよう。
 
 デビュー4年目、私は覚悟を決めた。
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