Too late
 数日前まで憧れに思えていたもう1人の男は、隣の円卓でスパボのメンバーに囲まれている。
 ちょうど私が正面を向いた先にその人がいて嫌でも視界に入る。
 すごく嫌というわけでもないけど、なんでよりにもよってこの並び。
 オンニに席代わってとお願いするのも変だ。どうせ2時間かそこらの間だけだからいいか、と思っていたがこれまでと違って今日は早く帰る選択肢はない。

 公演中、リクPDに呼び出された瞬間は冷や汗をかいた。
 人生であれほど逃げたいと思ったことは今だかつてない。
 その声も顔も、微塵も感じたくなくて、心にバリケードを張った状態で接するつもりでPDのそばへと歩み寄った。

 しかしPDへの執着心が私の心から忽然と姿を消す瞬間は突如訪れる。
 コラボでの音楽活動決定を知らされた。
 即座にPDへのやりようのない想いを捨てる。
 PDに向けていた能面のような真顔は崩れ、目を合わせまいと必死にずらしていた目線も躊躇なく合わせた。
 PDへの憧れにみせかけた気持ちはもう私には必要なかった。

 あの時、直前までジョンヒョンオッパと話し込んでいた私は、頭の中がその話題で埋め尽くされていた。
 サセンや炎上の話をしながら、今回のコラボで私が、オッパのファンからの被害を受けないかと大きな不安があったと打ち明けた。
 無事に終わって良かったと見せた心からの安堵の表情に、彼の苦労を垣間見て同情する。
 オッパは会話の最後に、嫌な話しちゃったと言ったが私は会話の別の部分に引っ掛かりを見つけた。
 炎上を起爆剤と捉えるという話、心に響いた。
 3年もアイドルをしてきたくせにいかに自分が意気地無しであるか、思い知った。
 私もこうしてはいられない。なにか、新しいことを頑張りたい。
 そう思った矢先、コラボでの音楽活動が決定したのを知る。
 まるで図られたような事の運びに、神様から試されていると感じた。
 前もってあの会話がなければ、音楽活動決定を知っても不安や心配に苛まれて焦るだけで終わっただろう。
 勇気を沸き起こしてくれた年上の後輩に感謝だ。
 彼のおかげで仕事への意欲が起きただけでなく、必要のない無駄な感情を手放せたのだから。

 とはいえ、昨日、PDから人格否定をされた事実は変わらないため積極的に接したいわけない。
 顔をぱっとあげただけでも視野のなかにPDがぼんやりと映り込む。
 円卓に広がる食べ物か両脇に座るオンニたち、そのどれかを見るしかなく居心地がいいもんではない。
 お酒を呑む人ってちょっとずつ食べて呑んでを繰り返して何時間も過ごすけど、食事は短期戦な私はそれが全く理解できない。
 一通り食べたら暇でしょうがなくなってくる。オンニたちと話しはするものの、アルコールの入った人とそうでない私とでテンションの差は明らかだ。
 もうお腹もキャパを越えそうだというのに手持ちぶさたで箸を運ぶ作業を延々繰り返す。
 顔を赤くしたスジョンオンニから「ユリ、よく食べるね~成長期なんだね~」と肩を組まれる。
 食事は飽きてきた皆が次第に自由に移動しはじめる。他の卓へ移ったり、何もないところでグラス片手に立ったまま話したり、徐々にガヤガヤと騒がしくなってきた。

「化粧室いってくる」

 携帯を持って化粧室へと向かった。
 これといった用事もないまま、個室で携帯をいじる。
 シウからはしばらく返事がない。
 代わりにチョルスとラリーが続いている。
 チョルスはシウの帰国を知っていた。
 帰国が本決まりしたのは6月初旬。チョルスには教えていたらしい。
 誕生日のときの会話を思い出した。もしシウが帰ってきたらと言われたことにも辻褄が合った。
 今日、暇な時間が出来た隙に【シウが帰ってきたの知ってたんだね】と送った。
 チョルスの事務所は練習生のレッスンがないのが隔週日曜日のみ。
 月2程度のオフをエンジョイしているらしく、日頃よりも返事が遅い。
【何!? 会ったの!? いつの間に!】
【なんだ、それはまだ聞いてないのね 私昨日会った】
【俺は先月末に会った。で、どうだった?】
【んー、前と変わんない感じ】
 既読がついて数秒、返事ではなく電話がかかってきた。
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