Too late
静かな化粧室にでかでかと鳴り響く着信音。
ホテルの化粧室は私の家がすっぽり入りそうなほど広い上に大理石張りなせいか、些細な音も大きく反響する。
電話をとりながら個室から出た。
「なに」
携帯を耳と肩で挟んで、手を洗う。
鏡越しに背後を確認すると幸いにも扉はすべて開いていた。
化粧室での会話は筒抜けだから、誰か一人でもいたら話せない。
「シウヒョン、どうだった?」
「最初はちょっと気まずかったけど話してるうちに戻ったよ」
「いや、そういうんじゃなくて、もっとこう......会った瞬間、どう思ったの?」
「会った瞬間?」
私の口からどんな言葉を聞きたいのかわからない。
再会の瞬間、それは心の準備もできないまま突如訪れた。
飛行機で14時間の距離にいるはずの人が実は数キロ先にいたら誰だって驚くだろう。
相手がシウだから余計に動揺したけど......
彼を迎え入れる数分前までは、今日はどうしてこんなにも事件続きなのか思っていた。
今思うと疲労困憊で考える余裕がなかったからこそ彼ともすんなり再会できた。
それに、彼の顔を見た瞬間、冷たくなり硬直していた心がじんわりと溶けていったのも事実。
だけど本当は何よりも......
「すごくカタコトだなぁと思った」
チョルスは何言ってんだコイツ、とでも言いたげな反応を大袈裟にする。
「でも確かにわからなくはないかも、なんかちょっとかわいいよね」
友達も同じことを思っていたらしい。
「ほら~、ね? でしょ?」
「会ったら顔が見えるしそんなに違和感感じないけど電話だと本当にかわいい」
同感だ。誕生日に電話で話した時に薄々気付いてた。シウの韓国語の著しい低下。
ほぼ毎日私とずっと韓国語で接していたのにそれが急にゼロになるとそりゃあ維持するのは難しい。
母国語は英語でNY在住時代は家庭でも英語、こっちに引っ越してから韓国語を学び始めた彼は今でも考えるときは英語、夢の中でも英語だと聞く。
留学前も少しはあった英語訛りな韓国語がより強くなり“外国人が話してる韓国語“になっている。
昨日会ったときも、会話内容は大人なのにイントネーションがまるで子どもが話しているようでかわいかった。
そのお陰でちょっぴり緊張も解けた。
「で、本音は?」
「んー、嬉しかったよ」
「泣いた?」
「......秘密」
「ほら、それが本心だろ~はやく付き合え、まじで。すぐ他の女にとられるぞ」
気持ちをわからせようとしてくるなんて、少し癪にさわる。
自分の恋は延々と進まずその場で足踏みしてるくせに。
「シウとは別に付き合うとかそういうんじゃないから」
化粧室のドアが勢いよく開いて人が入ってきた。事務所のスタッフ数名。
軽く会釈をしながら、すれ違うように化粧室をあとにする。
「まだ言うか? そんなこと」
宴会場に赴く足を止め、真反対のエントランスへ。
「んー......付き合うのが嫌なんじゃなくてね、失うのが嫌なの」
溢れた本音。チョルスはさっきまでの勢いをなくす。
「ヒョンが何年待ってくれてると思ってんの。そう簡単に失わないと思うよ」
この人、どこまで知っているんだろう。
急に怖じ気づく。話をごまかして「今、事務所の打ち上げだから切るね」と通話を終わらせた。
来た道をまた引き返す。
その辺を電話しながら異様にうろついてた自分が、端から見たら様子のおかしな人になっていないかと思ったが、行き交うホテル従業員は誰も気にも止めていない。
時間とシウからの連絡を確認する。22時近い。2時間前にシウに送ったメッセージはいまだ既読もついていない。
やっぱり今日はうちに来ないのかな。
彼はお父さんの元で働いている。働くといっても代表の代わりに野暮用を済ませるのが主な業務内容。
まだ21と年齢も若いし、お父さんからはアルバイト感覚でいいと言われたらしい。実に質の高いアルバイトだ。
ホールに入った。全体を見渡して自分の元居た席を探す。
私が座っていたであろう席に他の人がいる。私のいない間に人々が動き回りすぎて、スジョンオンニを見つけるのも一苦労。
遅い時間まで参加するのは初めてで、こんなにどんちゃん騒ぎが繰り広げられていることに若干の衝撃を受けた。
自分はやはり呑みの場が苦手だと確信する。ちょっと見たくないような......
会自体は日付が変わる前に一度お開きになるが、その後に事務所内の酒豪たちが同じ卓に集まって最後まで誰が飲み続けるか競い合うなんていう凄い話も聞いたことがある。
どこに座ろうか、居場所迷子だ。
辺りをきょろきょろと見回す私の視界に、ここにはいないはずの彼の姿を捉えた。
シウがなんでここに——
ホテルの化粧室は私の家がすっぽり入りそうなほど広い上に大理石張りなせいか、些細な音も大きく反響する。
電話をとりながら個室から出た。
「なに」
携帯を耳と肩で挟んで、手を洗う。
鏡越しに背後を確認すると幸いにも扉はすべて開いていた。
化粧室での会話は筒抜けだから、誰か一人でもいたら話せない。
「シウヒョン、どうだった?」
「最初はちょっと気まずかったけど話してるうちに戻ったよ」
「いや、そういうんじゃなくて、もっとこう......会った瞬間、どう思ったの?」
「会った瞬間?」
私の口からどんな言葉を聞きたいのかわからない。
再会の瞬間、それは心の準備もできないまま突如訪れた。
飛行機で14時間の距離にいるはずの人が実は数キロ先にいたら誰だって驚くだろう。
相手がシウだから余計に動揺したけど......
彼を迎え入れる数分前までは、今日はどうしてこんなにも事件続きなのか思っていた。
今思うと疲労困憊で考える余裕がなかったからこそ彼ともすんなり再会できた。
それに、彼の顔を見た瞬間、冷たくなり硬直していた心がじんわりと溶けていったのも事実。
だけど本当は何よりも......
「すごくカタコトだなぁと思った」
チョルスは何言ってんだコイツ、とでも言いたげな反応を大袈裟にする。
「でも確かにわからなくはないかも、なんかちょっとかわいいよね」
友達も同じことを思っていたらしい。
「ほら~、ね? でしょ?」
「会ったら顔が見えるしそんなに違和感感じないけど電話だと本当にかわいい」
同感だ。誕生日に電話で話した時に薄々気付いてた。シウの韓国語の著しい低下。
ほぼ毎日私とずっと韓国語で接していたのにそれが急にゼロになるとそりゃあ維持するのは難しい。
母国語は英語でNY在住時代は家庭でも英語、こっちに引っ越してから韓国語を学び始めた彼は今でも考えるときは英語、夢の中でも英語だと聞く。
留学前も少しはあった英語訛りな韓国語がより強くなり“外国人が話してる韓国語“になっている。
昨日会ったときも、会話内容は大人なのにイントネーションがまるで子どもが話しているようでかわいかった。
そのお陰でちょっぴり緊張も解けた。
「で、本音は?」
「んー、嬉しかったよ」
「泣いた?」
「......秘密」
「ほら、それが本心だろ~はやく付き合え、まじで。すぐ他の女にとられるぞ」
気持ちをわからせようとしてくるなんて、少し癪にさわる。
自分の恋は延々と進まずその場で足踏みしてるくせに。
「シウとは別に付き合うとかそういうんじゃないから」
化粧室のドアが勢いよく開いて人が入ってきた。事務所のスタッフ数名。
軽く会釈をしながら、すれ違うように化粧室をあとにする。
「まだ言うか? そんなこと」
宴会場に赴く足を止め、真反対のエントランスへ。
「んー......付き合うのが嫌なんじゃなくてね、失うのが嫌なの」
溢れた本音。チョルスはさっきまでの勢いをなくす。
「ヒョンが何年待ってくれてると思ってんの。そう簡単に失わないと思うよ」
この人、どこまで知っているんだろう。
急に怖じ気づく。話をごまかして「今、事務所の打ち上げだから切るね」と通話を終わらせた。
来た道をまた引き返す。
その辺を電話しながら異様にうろついてた自分が、端から見たら様子のおかしな人になっていないかと思ったが、行き交うホテル従業員は誰も気にも止めていない。
時間とシウからの連絡を確認する。22時近い。2時間前にシウに送ったメッセージはいまだ既読もついていない。
やっぱり今日はうちに来ないのかな。
彼はお父さんの元で働いている。働くといっても代表の代わりに野暮用を済ませるのが主な業務内容。
まだ21と年齢も若いし、お父さんからはアルバイト感覚でいいと言われたらしい。実に質の高いアルバイトだ。
ホールに入った。全体を見渡して自分の元居た席を探す。
私が座っていたであろう席に他の人がいる。私のいない間に人々が動き回りすぎて、スジョンオンニを見つけるのも一苦労。
遅い時間まで参加するのは初めてで、こんなにどんちゃん騒ぎが繰り広げられていることに若干の衝撃を受けた。
自分はやはり呑みの場が苦手だと確信する。ちょっと見たくないような......
会自体は日付が変わる前に一度お開きになるが、その後に事務所内の酒豪たちが同じ卓に集まって最後まで誰が飲み続けるか競い合うなんていう凄い話も聞いたことがある。
どこに座ろうか、居場所迷子だ。
辺りをきょろきょろと見回す私の視界に、ここにはいないはずの彼の姿を捉えた。
シウがなんでここに——