Too late

御曹司

 目を疑い、一度ホールの絨毯を見て、また視線をあげる。
 ホールの上座の方にいるのは確実に昨日私の家に来た幼馴染み。
 上座の2卓に事務所の偉い人をはじめ、うちの事務所と深く関わるレコード会社、広告代理店、テレビ局等メディア関係のお偉いさんが集結している。
 今回のコンサート開催にも携わった企業は多く、特に贔屓にしている企業の幹部を招待している。
 立場のある忙しい人たちだが、招待客のほとんどはうちの会長と仕事仲間である以前に友人でもあるため出席率が高い。
 その片方のテーブルで座りもせず、お偉いさんたちに見上げられながら何か話している。
 いないはずの場所に彼がいて心臓が飛び出るかと思った。
 ここに来ている時点で私が居ることも分かっているはずだし、なにも、隠れる必要はない。
 だけどなんとなく、彼が今こっちを見たら終わる気がした。
 存在感をを消そうと、デカイ図体をわずかに猫背にする。
 とりあえずどこかに座らないと。
 いや、いっそのこと化粧室に戻ろう。
 足を一歩、小さく後ずさった瞬間、
「ユリ~! こっちこっち!」
 私に気づいたスジョンオンニが大きな声で名を呼ぶ。
 よかった。これだけ騒がしいし何も気づいていない。
 
 猫背を保ったままオンニの移動先のテーブルに着席する。
 同席しているのはスジョンオンニよりも更に先輩女性アイドルの面々。

「お腹いたいの?」
「え?」
「なんかお腹抱えてたから」

 みんなに突っ込まれる。
 軽く背を丸めたつもりが防衛本能のためか結構丸まっていたらしい。

「あ......背中が筋肉痛で......」

 一体昨日何したの、と本気で心配された。
 調子狂う......体調が悪いと言って帰ろうかな。
 というか体調もちゃんと悪くなってきた気がするし。

「ユリ、あれ見てよ。あんたがいない間にすんごいイケメン来たんだけど」

 オンニ一同、上座のほうを見ている。
 見なくても知ってる。
 言われたまま、さっき充分なほど見た彼の姿をもう一度みる。
 立っていたはずの彼が座っている。
 もしやシウのお父さんが招待されたけどその代理で来たとか......?

「っ、......へ、へえ~」

 何と答えるのが正解なのか。
 心構えが全くなかったわけではない。シウも今は代表の代理兼秘書でもいつかは正社員として勤める。
 彼の見立てでは、お父さんAJのメディア部門企業に新卒で入社して長年勤めていた過去から、自分も同じ道を辿る可能性が高いそうだ。
 もしもそうなった場合、職場で会う日がくるかもしれないね、と昨日話したばかり。
「あの人、どこの会社の人なんだろう?」
「会長の隣にいるのって......誰だっけ? その人の秘書とか?」

 うちの会長、代表と並ぶ隣に50代くらいの男性がいてその隣がシウ。
 あの男性、もしやシウのお父さんじゃないか。
 前に見せてもらったお父さんの写真、記憶の片隅にうっすらとぼかしのかかった残像はある。
 鋭い目、筋の通った細い鼻。
 その男性からはソヌの面影を感じて、幼馴染みのお父さんだと確信した。
 写真で見た時もシウは全く似ていなくてソヌがお父さん似なんだ、と思ったけど実際に見るともっと似ている。
 あの人、ここに招待されるのは初めてではない。いつだったか……以前にも見かけた。
 まさか知らぬ間にシウのお父さんと会っていたなんて。

「秘書はあの席には座れないよ」
「確かに。でもまだ若くない?」
「私より下かも」

 オンニたちより5歳は下です......まだ21です......
 心の中でそっと呟く。気まずい状況に何も喋れない。
 
「あの席たぶん皆50代より上でしょ? 不思議だよ、あんなとこいるの」
「あっ、もしかしてこれからうちの事務所で働くのかもよ~?」
「えっ、社員として?」
「社員はないでしょ......実は新人俳優とかじゃない? 見たことある気がする」

 かっこいい人をそれなりに目にしている人たちでさえこんなに食いついている。それに驚くのと同時に、昨日の晩、私が彼に見惚れてしまったのもごく当たり前のことなんだと安心した。

 よかった、やっぱり私は彼には恋しない。
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