Too late
 翌朝、ボーカルトレーナーのキム先生からの連絡が来た。
【リク先生に見てもらえるならそれが一番だから、よかったよ。またすぐ会えるだろうから、よろしくね】
 キム先生は2児の子育て中、産休から現場に戻ってきてそう経っていない。
 レッスンを依頼したときも負担にならないかと思ったけど快く受けてくれて、日程も私のスケジュールを中心に合わせた。
 突如、担当が変更になって最初に浮かんだのはキム先生への申し訳なさ。
 リクPDより年上で、入社も数年先だったが今ではPDも担う彼の方が社内での立場は上。
 PDからの申し出を承諾する以外の選択肢はなかっただろう。PDも勝手すぎる。
 コラボ曲に関してのみ担当がリクPDになるってだけで、また会う機会はある。
 キム先生はコラボ活動を楽しみにしてくれている。
 今も充分うまくできているけど活動が始まる頃にはもっとうまくやれるはずだ、と優しい言葉も貰った。
 キム先生いわく、最近の私は日々成長しているらしい。
 私も自身の成長を密かに感じている。
 先生から学んで細かい調整を重ねながら、技術面で成長したのは確かだけど、自分としては精神面の変化がこの成果につながっていると思う。
 努力が得意ではなく意志も強い方じゃない。
 短期間であってもここまで熱心に自分の意志だけで鍛練を続けているのは明らかに内面の成長。
 努力ができないと人に嘆けば「Kpopアイドルは努力家じゃないとなれないよ」っって返されるが、私が5年も練習生を続けられたのはソヌがいたから。
 あの子がいなければ芸能界には絶対に入らなかった。
 小学生のとき、街中で母と歩いているところをスカウトされた。母は興味津々で、事務所に行かせたがっていたが引っ込み思案な私は行くのを拒んだ。
 しかし、その話を聞いたソヌが「アイドルになったら俺と結婚してよ」と私に言った。
 まだ10才の男の子の些細な一言。
 きっと、深い意味なんてない。
 それでも彼のひとことが私の大きな原動力だった。
 すでにソヌのことが大好きだったから。
 ただそれだけの理由で私は事務所に入った。
 
 ソヌのためにアイドルになったのに、結婚どころか、デビューしてすぐに私の知らないところへ行ってしまった。
 ソヌのお母さんは警察にも通報して、行方不明で見つからないまま、3年が経つ。
 やる気を喪失して3年、何のためにアイドルになったのか自問をし続けたが答えは一向に出なかった。
 契約期間の終わりをただ迎えにいっている気分で日々の仕事をこなす。
 デビューまでの道半ばに挫折した仲間も多い。彼らからするとYUエンタという大企業でソロとしてデビューできるなんてそれ以上の幸運はないだろう。
 好きな男の子がいなくなったくらいで人生の全てに意味を見出だせなくなった自分の幼稚さに呆れた。
 自分で自分を好きになれない。
 応援してくれるファンがいてくれて、その期待に応えたいのに、自信がない。
 事務所との契約は7年。
 残ったあと4年近く、このやっつけ仕事を続けていく。
 そんな荒んだ心しか持っていなかった私のもとに突然舞い込んだ転機。
 チャンスのほうから私に近づいてきてくれた。
 もう拒みはしない。
 この熱意と努力、もっと早くに手に入れてれば............
 いや、今だから掴めたのか。
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