Too late
「先生、今日嫌なことあったでしょ」
「なんでわかんだよ」
「もう5年ですよ~さすがにわかります」
コラボ活動まで日が迫ったとある日の昼下がり。
リク先生とのレッスンで今日も会社に来ている。
この2週間で7回もレッスンの時間を設けてくれた。
レッスンの回数を重ねるごとにリク先生との不和が解消されるのみならず、親しくなった。
担当プロデューサーだった4年、どう頑張ってもここまで近い間柄にはなれなかったのに、彼に興味が無くなったらこうも自然に仲良くなれるだなんて。
人間関係って、頑張ってまで築くものじゃないのね。
はじめのうちは歌のことしか話さなかったけど、先生の方から雑談をするようになった。
前は何故そういう話をしてくれなかったのかと聞いたら「高校生の女の子に何話したらいいかわからん」と。
砕けた会話をしていくうちに先生の短所が露呈する。
イジリがいのある天然加減、10年も独り暮らしとは思えない生活力の低さ、人より1秒どころか2、3秒近く遅れる反応。
今になりスパボの先輩やシエン先輩の、先生に対する普段の扱いにようやく納得がいく。
徐々にリクPDの正しい扱い方を習得した。
たまに私がSな部分を出しすぎたときは、PDが決まって「実はまだ俺のこと嫌いだろ」と言う。
その流れで一度「あの香水も捨てようかと思った」と言ったら心からの切ない顔をした。
自業自得だ。面白い。
先生から卒業祝で貰ったイヴ・サンローランの香水は今でもちゃんと持っている。
貰ってすぐは見える場所に置いて毎日使っていたものの、フラれたのをきっかけにドレッサーの奥底に仕舞いんだ。
こっぴどく叱られて嫌なことを言われたあの日はあれを捨てようかと一瞬取り出したが、バチが当たりそうで戻した。
使う予定はないものの取っておいている。
「今日さ、上からめっちゃ怒られたわ」
ため息混じりに軽く笑い飛ばして、本心をひた隠しにしている。
今日は会ったときから彼の異変に気づいていた。
いつもの冷静さを無理して演出する。
レッスン開始からしばらくすると、先生の表情が明るくなってきた。
私と話しているうちに紛れるくらいならちょっとしたイヤな出来事だろう。
先生の傷心した所を見るのも新鮮で、興味本意でなんとなく触れてみたら、想像よりも大きい傷を負っていた。
プロ意識が高く無理をしてでも完璧を目指す彼。
事務所は明らかに彼に期待をかけているし、すごく気に入っていて周りから見ても特別扱い。それ相応の才能も実力もある。
そんな彼でも怒られるなんてこと、あるんだ。
「怒られたって、理不尽なことでですか?」
「なんでそこまでわかんの」
「先生って、怒られるようなことする人じゃないから」
「んー......俺にはまだ早かったかなあ」
2年前から次期ボーイズグループの話は出ていた。
リクPDがそのグループの準備に大きな役割で携わるとの噂をシエン先輩から聞かされ、いつかは私の担当を離れるのが確定していた。
事務所は当然、リクPDに早くから男子練習生のレッスンを任せたがる。
しかしPDは私が一向に一花咲かせる気配がないことに責任を感じてかPD本人の希望で任期を最大限延ばしてあのタイミングでの担当変更だった。
先生が今もここまで手助けしてくれるのには、私の成績が振るわなかった心残りもあるように思う。
先生の才能を活かす力が私になかっただけで、他アーティストのヒット曲は連発しているし、先生は十二分に事務所に貢献している。
「早いなんてこと、ないと思います。上の人たちってプレッシャーをかければかけるほどより良いものが作れるって思ってるんでしょ」
うーん、と唸りながら机上に片肘ついて、視線は何もないまっさらな部分に置いている。
心ここにあらず。
よほど腑に落ちないらしい。
「ちゃんと息抜きしたほうがいいですよ、人と会ったり」
「うん、今してる」
「でも結局ここも会社じゃないですか。そうじゃなくって外で人と会ったり」
「あー......まぁ、ヒチョルヒョンたちとよく会うけどストレスは発散されてもそこに癒しはない」
ヒチョル先輩に癒しを求めるのは違う。
あれは癒しとは真逆、もはや刺激。
苦手ではないしむしろ好きだけど、自分がエンジンの掛かっていないときに遭遇すると、えらく体力を持っていかれる。
ヒチョル先輩といる時のPDがひたすら話をうんうんと聞く側に徹している絵が浮かぶ。
「ヒチョルオッパにはこういう話ってしないんですか?」
「しない。あんまり人にそういうの話さないかも。本当はユリに言うつもりもなかった」
「えっ、すみません」
「いや、俺が話したくなったから。逆にそういうのって誰に話す?」
私が仕事の弱音を吐く相手......
パッと思い浮かんだのは幼馴染みの彼の顔。
最近は誰かに言いたくなるほどの悩みや愚痴もなく意識していなかった。
今の私は悩んだときにどうするのだろうか。
「なんでわかんだよ」
「もう5年ですよ~さすがにわかります」
コラボ活動まで日が迫ったとある日の昼下がり。
リク先生とのレッスンで今日も会社に来ている。
この2週間で7回もレッスンの時間を設けてくれた。
レッスンの回数を重ねるごとにリク先生との不和が解消されるのみならず、親しくなった。
担当プロデューサーだった4年、どう頑張ってもここまで近い間柄にはなれなかったのに、彼に興味が無くなったらこうも自然に仲良くなれるだなんて。
人間関係って、頑張ってまで築くものじゃないのね。
はじめのうちは歌のことしか話さなかったけど、先生の方から雑談をするようになった。
前は何故そういう話をしてくれなかったのかと聞いたら「高校生の女の子に何話したらいいかわからん」と。
砕けた会話をしていくうちに先生の短所が露呈する。
イジリがいのある天然加減、10年も独り暮らしとは思えない生活力の低さ、人より1秒どころか2、3秒近く遅れる反応。
今になりスパボの先輩やシエン先輩の、先生に対する普段の扱いにようやく納得がいく。
徐々にリクPDの正しい扱い方を習得した。
たまに私がSな部分を出しすぎたときは、PDが決まって「実はまだ俺のこと嫌いだろ」と言う。
その流れで一度「あの香水も捨てようかと思った」と言ったら心からの切ない顔をした。
自業自得だ。面白い。
先生から卒業祝で貰ったイヴ・サンローランの香水は今でもちゃんと持っている。
貰ってすぐは見える場所に置いて毎日使っていたものの、フラれたのをきっかけにドレッサーの奥底に仕舞いんだ。
こっぴどく叱られて嫌なことを言われたあの日はあれを捨てようかと一瞬取り出したが、バチが当たりそうで戻した。
使う予定はないものの取っておいている。
「今日さ、上からめっちゃ怒られたわ」
ため息混じりに軽く笑い飛ばして、本心をひた隠しにしている。
今日は会ったときから彼の異変に気づいていた。
いつもの冷静さを無理して演出する。
レッスン開始からしばらくすると、先生の表情が明るくなってきた。
私と話しているうちに紛れるくらいならちょっとしたイヤな出来事だろう。
先生の傷心した所を見るのも新鮮で、興味本意でなんとなく触れてみたら、想像よりも大きい傷を負っていた。
プロ意識が高く無理をしてでも完璧を目指す彼。
事務所は明らかに彼に期待をかけているし、すごく気に入っていて周りから見ても特別扱い。それ相応の才能も実力もある。
そんな彼でも怒られるなんてこと、あるんだ。
「怒られたって、理不尽なことでですか?」
「なんでそこまでわかんの」
「先生って、怒られるようなことする人じゃないから」
「んー......俺にはまだ早かったかなあ」
2年前から次期ボーイズグループの話は出ていた。
リクPDがそのグループの準備に大きな役割で携わるとの噂をシエン先輩から聞かされ、いつかは私の担当を離れるのが確定していた。
事務所は当然、リクPDに早くから男子練習生のレッスンを任せたがる。
しかしPDは私が一向に一花咲かせる気配がないことに責任を感じてかPD本人の希望で任期を最大限延ばしてあのタイミングでの担当変更だった。
先生が今もここまで手助けしてくれるのには、私の成績が振るわなかった心残りもあるように思う。
先生の才能を活かす力が私になかっただけで、他アーティストのヒット曲は連発しているし、先生は十二分に事務所に貢献している。
「早いなんてこと、ないと思います。上の人たちってプレッシャーをかければかけるほどより良いものが作れるって思ってるんでしょ」
うーん、と唸りながら机上に片肘ついて、視線は何もないまっさらな部分に置いている。
心ここにあらず。
よほど腑に落ちないらしい。
「ちゃんと息抜きしたほうがいいですよ、人と会ったり」
「うん、今してる」
「でも結局ここも会社じゃないですか。そうじゃなくって外で人と会ったり」
「あー......まぁ、ヒチョルヒョンたちとよく会うけどストレスは発散されてもそこに癒しはない」
ヒチョル先輩に癒しを求めるのは違う。
あれは癒しとは真逆、もはや刺激。
苦手ではないしむしろ好きだけど、自分がエンジンの掛かっていないときに遭遇すると、えらく体力を持っていかれる。
ヒチョル先輩といる時のPDがひたすら話をうんうんと聞く側に徹している絵が浮かぶ。
「ヒチョルオッパにはこういう話ってしないんですか?」
「しない。あんまり人にそういうの話さないかも。本当はユリに言うつもりもなかった」
「えっ、すみません」
「いや、俺が話したくなったから。逆にそういうのって誰に話す?」
私が仕事の弱音を吐く相手......
パッと思い浮かんだのは幼馴染みの彼の顔。
最近は誰かに言いたくなるほどの悩みや愚痴もなく意識していなかった。
今の私は悩んだときにどうするのだろうか。