Too late
「なにその反応。もしかして男とか?」
 沈黙を保った私に先生はすかさず突っ込みを入れる。

「まぁ、弱音を吐くのは友達以上の異性にしかしないかな。今は1人もいないですけどね」
 先生がこちらを見た。
 何も言わず、しんとする。
 怖いぐらいの静寂に、自分の発言に問題があったのかと思い返す。
 とりたてて言ったらまずいことでもない。
 先生がどの部分に引っ掛かっているのかわからない。

「先生ってどんな人がタイプなんですか?」
 場の空気を紛らわそうと、そう気になっているわけでもない事を聞く。
「タイプとか無いな。好きになった人が好き」
 先生らしいや。実に掴めない。
「でも見た目の好みはあるでしょ? 綺麗系か可愛い系か、ぐらい」
「無い」
 断言する彼に思わず吹き出した。
「おもしろくない男」
 30年も生きてる人がこだわりがないとは思えない。
「無いっていうか、好きになる人のタイプが毎回違う。あ、そんなに経験豊富な訳じゃないよ」
 フォローを入れた彼に、別にそこはどうでもいいですよと言い返した。
 ふと時計を確認すると終了時間がすぐそこだ。
「先生、あと10分切りました」
 話の途中でレッスンに戻った。

 デュエットを通しで練習するため、リク先生が相手の部分を歌う。
 一人で聞いているのが勿体ないくらい、彼の歌声は素晴らしい。
 何回も聞いて耳が慣れても、まるでそれが初めて聞いたかのような感動を覚えさせて心を震わす。
 歌は心で歌いなさい、と彼以外の先生たちは口を揃えて言う。
 その教えと対極に居そうなリクPDだが、歌うときには情味のある声に変わる。
 繊細で柔らかく、甘いけれど少し切ない、色気のある声。

 初めて聞いたときの胸の高鳴りを今でも覚えている。
 そして、その甘い声をさんざん響かせた後、表情を鋭く一変させて「このぐらい歌えないと」と言ってきた瞬間の彼の威圧感は鮮明に頭に残っている。
 余韻に浸る暇も与えずにじんわりと暖まった心を一気に冷やした。
 もはや彼の声は人を騙す、とさえ思った。
 
 感情が薄くても生まれもった歌声が至高で天才的だと、鍛練を重ねたそこそこの実力者にもあっさり勝ってしまう。
 実際に、心で歌えとの教えを(のたま)った先生の誰よりも上手い。
 努力は天才に負ける。
 彼の歌声に現実を突きつけられながらも仕事のために歌い続けて数年。
 今さら、気づいた。
 歌っているときの彼は偽物でも作り物でもない。
 親しくなってからの彼は人間味に溢れている。
 気持ちを表に出すことに控えめなだけで、歌声から感じられる人情味はホンモノ。
 ちゃんと心を込めた歌だった。
 
 通しで歌い終わり、先生は大きく頷いた。
「いいね、もうほぼ完成」
「100パーですか?」
「いや、99。あとは実際に2人で歌ってみた時にあっちに引っ張られずに本領発揮できるか、それだけ」

 先生のおかげで早く完成に近づいた。
 もうレッスンも必要ない。

「じゃあ、これで最後ですよね」
「......そうだな」
「ありがとうございました」
「うん。あ、あのさ」
「はい?」
 
「弱音、吐く相手いないときは......俺に言ってほしい」

 少し照れ臭そうながらもがっつりと目を合わせてくる。
 この雰囲気、変な予感。
 私がどう答えるかにかかっているのを察知した。

「あ、はい、ありがとうございます」

「じゃないと対等にならない」

 彼の発言の意図は、自分一人が弱い部分を見せたのが許せないだけだった。

 何かが始まりそうな雰囲気、私の勘違いならばそれでいい。
 張り詰めた緊張が解けても、心臓はばくばくとカラダ中に鼓動を轟かせるのを止めない。
 平静の対応で乗りきって部屋を出た。
 扉を閉めると、ドアにもたれ掛かって大きなため息を吐く。
 
 なんだったんだろう、あの熱い視線は————
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