Too late
 待ち合わせの時間がきて、慌てて荷物をバッグに詰めて玄関へ小走り。
 スニーカーに足を突っ込んで、鏡の前に立つとそこに写った自分の姿に違和感を感じた。
 家にお邪魔するだけだから、とTシャツにデニムで楽な服を選んだ。
 それなのに今朝施した撮影用ヘアメイクはそのままでチグハグだ。
 撮影の時は基本的に厚い化粧のためいつもなら帰宅してすぐに落とす。
 今回はコラボソングのテーマに合わせて淡くナチュラルな雰囲気にしてもらった。
 髪型も女性らしくサイドに三つ編みで下ろし、撮影の時には花冠を被った。
 スタジオのセットもマカロンカラーで統一されていたからか、撮影後にデータを確認した時は私もちゃんと場に馴染んでいたはずだけど、家の鏡で見ると違う。
 こんなにふんわりした自分は初めてで目が慣れないし、恥ずかしい。
 でも時間もないしもういいや、と家を飛び出した。

 シウが車で私たち3人を迎えに来てくれる。
 私の家が一番近いから最後のピックアップ。
 彼が迎えに来ると言い出した時は車内に2人っきりになる想定で焦ったが、ジウォンたちを先に迎えに行くと聞いて胸を撫で下ろした。

 マンションから出たすぐのところに一台の車が止まっていた。
 黒塗りの高そうな車。
 後ろの窓が降りてチョルスとジウォンの顔が完全に見える前から2人の声が聞こえてきた。
 私の顔が見えたら同時にこちら向かって喋り出す。
 お互いがお互いに負けないくらいの声を出し、言ってることが微塵も伝わってこない。
 遠目にもわかるその騒がしさにお腹を抱えながら近寄った。
「ユリは前乗ってね~」
 ジウォンに言われて助手席に乗り込む。
「お邪魔しまーす」 
 目が合って、絞り出した言葉は“久しぶり”。
 実に素っ気ない言い方だった。
 彼も、気まずそうに「久しぶり」と返した。
 
「うわぁ、なにそれ。ふたりして照れ隠し? もっと喜びなよ」
 私の意識から彼以外の存在が完全に排除されていた。
 ジウォンが私を呼び戻す。
 後部座席へ身体ごと振り返る。
「は? 別にそんな」
 すぐ真横に気配を感じて、顔を向けるとシウも同じように後部座席へと振り返っていた。
 至近距離にある顔に思わず身を引く。
 動きが連鎖する私たちにうしろのふたりはププッと吹き出す。
「あ~こういうのはふたりの時にしてほしいよなぁ~俺らお邪魔だったかなぁ~」
「私たちが帰ったら好きにしてください~」
 存分に(はや)し立てられる。
「ほら、車だして」
 彼を唆す。
 彼の横顔は小さく口角を上げてどこか嬉しそう。
「なに笑ってんの」
「じゃあ行きますか」
 私のツッコミはスルーして、ハンドルに手を置いた。

 城北洞へ向かう車内で、ジウォンはひっきりなしにシウの家族の話を尋ねている。
 ジウォンには彼本人がカトクで伝えたが、身の上話はメッセージ上だとややこしいため会って話すことにしたそうだ。
 チョルスから大まかな説明を聞いていたジウォン。
 AJグループと言っても大企業だということしか知らず、他の大手企業と比べてどの辺りに位置してどれほど凄いのかが分からない、と言った。
 それに対してシウは、うちは中堅財閥だしそうたいしたことなよ、と。
 財閥にも中堅だとかランクがあることさえ知らなかった。
 加えて、母さんの実家と比べたら全然、と彼は言った。
 確かに、シウのお母さんの実家は世界規模で名を知られているし規格外の大企業。
 しかし庶民の私からすると、財閥に大も小もない。
 謙遜をしている時点でシウもすっかりそっち側の人だ。
「にしてもよくオッケーしてくれたね!」
「お父さんに何も言われなかった?」
「まず言ってない。どうせバレないから」
 人を3人あげても家族にバレない彼の家って、いったいどんな構造をしているのだろうか。

 窓から見える街並みが閑静な住宅街に変わった。
 この土地は初めてだけど建ち並ぶ立派な家々からここが城北洞だと分かる。
 後部座席が急に静かになった。
 2人も新鮮な景色に見入っているようだ。
 坂道の多い城北洞、上り坂をゆっくりと進む。
 彼がスピードを徐々に落とし、車は大きな門の前で止まった。
 腰を屈めて、その頂点の高さを確かめる。
 こんなに大きい門はお城でしか見ない。
 先に待つ景色、想像力を掻き立てられる。
 美しい邸宅が連なるこの地域でも群を抜いて豪華な門構え。
 唖然としていると、門が自動で開いた。

「えっ、嘘でしょ......ここなの?」
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