Too late
「ユリ、やっぱあんたにはシウオッパしかおらんわ」
 思わず、ほんの数秒だけ炒飯を独占して頬張る手と口が止まった。
 チョルスはジウォンの言葉にうんうんと深く頷きながら、高そうなステーキをナイフとフォークで切っている。
 ジウォンがピザを一切れ取ったら、まるでCMみたいにチーズが伸びる。
 こんなに美味しい炒飯を作るシェフだからどれも美味しいだろう。
「ねえねえ、一口ちょうだい?」
「一切れとっていいよ」
 ジウォンも炒飯が気になると言ったのでお皿を交換する。
 その場がしんとなった。
 自分でもはぐらかし方があからさますぎたと思い、話を切り出す。

「実はね......彼氏と別れたんだ」

 途端に勢いよく料理に進んでいた2人の手がスローペースになり、反応を選ぶのに時間を要している。
 彼らに何かを言わせる前に、続けた。

「そんなに悲しい話じゃないの! お互いに仕事に集中したくて......嫌な思いしたとかそういうんじゃなくて、前向きな別れっていうか......」
 
「それ、どっちから言い出したの?」
 ナイフとフォークを置いて、腕を組んだ。
 何も言わず口をぎゅっと結んで心配の表情を保つジウォンとは対照的に、真面目な顔をして何か言いたげ。
「ちょうどどっちも思ってたっていうか......」
「でも、すげえ幸せそうにしてたのほんと最近じゃん。誕生日のとき」
「そうだけど......」
 チョルスは至って冷静、しかし矢継ぎ早に質問してくる様からは僅な苛立ちを感じる。
 彼らに恋人の存在を打ち明けたあの日も、チョルスがあまり良い反応じゃなかったのを思い出した。
 次の言葉を選んでいると、彼が衝撃的な台詞を放った。

「彼氏のほうがめちゃくちゃ好きそうだったけど」
 
 思考が停止する。
 それが誰なのかを知っているはずない。

「ん?」
 たぶん、単なる聞き間違い。

「家行ったとき、プリクラ落ちてたから見ちゃった」
「えっ、なにそれ、あっ、私は見てないからね!」
 1ヶ月越しの暴露に、だんまりを決めていたジウォンも口を開く。

「うそ、本当に?」
「うん、まぁ、大体想像ついてたしそんなにビックリはしなかったけどね。あっちがお前のこと好きなのは分かってたから」
 そのヒントでジウォンまで相手を察したようだ。
 あの人が私を好きだったこと、なんでふたりが知っているんだ。

「知ってたんだ......」
「YUの練習生で1人、知り合いができたんだけど、それがあの人と宿舎の同室で......最近の話も聞いてたから、まぁ、別れてよかったんじゃない」
「えっ、なんて聞いたの?」

 その場の視線を一挙に集めたチョルスは目をきょろきょろとさせて、シウを見る。
 
「練習熱心だったのに彼女ができてから人が変わったって話」

「あぁ......」

「ま、ずっと好きだった子と付き合えたらそりゃ変わっちゃうよな」
 オブラートに包んでくれたが、PDも知っていた“毎晩彼女の家に入り浸ってる”話を彼も耳にしたようだ。

「もしかして事務所に言われて別れた?」
 練習生をやっているから、察しが良い。

「うん......彼のチームのプロデューサーが私を4年担当してた人で、すごく怒られた。他人の人生を邪魔するなって。
あの人も頑張ってるし、今は仕事に集中しようと思ってる」

「そっか、偉いよ。すぐに気持ち切り替えて頑張ってて」

 ジウォンは優しく語りかけて、聖母のような微笑みで見つめる。
 続けて、私のコラボソングの話を出した。
 数日後から始まる活動のことも知ってくれていて、世間からの評判が上々なのを褒め称えられると少し照れ臭い。
 日々、夢に向かって努力しているのは私だけじゃない。
 私からすれば皆のほうが尊敬に値する。
 話題の主軸が自分なのが恥ずかしくて周りに話を振った。

「みんなも凄いじゃん」

 チョルスとジウォン、互いの顔を見合い「いやいや、そんなそんなー」と手を振って否定する。
「そんなことはある。私たちも結構頑張ってて偉い」
 謙遜のトーンで言われて、台詞との整合性のなさに一瞬空気が固まり、3人は頭の上にハテナを浮かべた。
 言葉の理解が追い付くとその場が笑い声に包まれた。
 どっちやねん、と突っ込むチョルス。
「まぁ確かに偉いけど」
 シウのボソッとした呟きは2人の声に掻き消されて私の耳にしか届かない。
「お前みたいなの、うちの事務所にも欲しいわ」
「私も練習生になっちゃうか~」
「いや、こっち側じゃなくて社員で。練習生のメンタルサポート要員で」
「せっかくならアイドルさせてよ」

 口を挟む隙もなく掛け合うふたり。
 隣の彼に、目で“楽しいね”と言う風に笑みを向けるとシウもご機嫌な顔をした。
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