Too late
「男の人?」
話はそこそこに通話を終わらせて、テーブルに戻った。 ジウォンが疑いの目を向け、わざとらしく尋ねる。
電話を切って気づいたのだが、ちょっと話したつもりが20分近く経っていた。
先生とご飯のお誘いルールを決める途中で話が脱線して長引いた。
「うん、仕事の人」
「ふーん、こんな夜遅くにも電話来るんだね」
「あぁ、付き合い長いおじさんだから」
嘘をつく。
本当は”お兄さん”が正しい。
後ろめたいこと、何もないはずだけど——
「なんだ、おじさんか」
「私そろそろ帰ろうかな。今のうちに体調整えておかないといけないから」
もう23時半、今回の活動は特に喉の調子を万全に備えて挑みたい。
それに、さっきみたいな気まずさはがもう一度やってきたら今度こそはさすがに逃れられなさそうだから、早く引き上げよう。
私の一言でジウォンとチョルスも帰ると言い出すかと思っていたら、ふたりはあとちょっと残ると言った。
2人ともそんな暇じゃない人なのに、余程呑みたいらしい。
お暇する私をシウが玄関まで見送ると言った。
ジウォンとチョルスには、またすぐに会おうと別れ告げて部屋を出る。
私がドアを開けてその後にシウが続く。
階段までのちょっとの廊下を数歩行った先で、真横の部屋のドアが内側から開いた。
たしかシウと血の繋がらない弟くんの部屋。
鉢合わせることを瞬時に察知して咄嗟にシウの方へ振り返った。
彼の体にぶつかる。
廊下に敷き詰められている紅色の絨毯と彼の足元だけが目に映る。
部屋から出てきた人のスリッパが絨毯の上でさささっと音をたて、バタリとドアが閉まった。
すぐそこにいるのを感じる。
「あら、もうお帰りになられるの?」
後ろから聞こえたのは女性の声。
てっきり男の子が出てくると思っていた私は拍子抜けしてそちらを確かめる。
そこには綺麗な女の人の姿。
上品なワンピースに身を包み、お腹を大きくしている。
これが新しい奥さん。
シウのお父さんってきっとうちのパパと変わらないから50代中盤。
あの方もそれなりに格好は良いけれど、こんなに綺麗で若い奥さんがいるのは凄いというか、ちょっとビックリ。
シウは彼女のことを「ヌナ」と呼んでいると聞いた。
たしかにお母さんではないし、このルックスで”おばさん”はない、ヌナ呼びが妥当だろう。
下手したらシウの本当のお姉さんだと勘違いされてもおかしくない。
心構えもないまま、遭遇してしまって彼の体に少しだけ隠れる。
「こんなに可愛い子とお知り合いなの? びっくりしちゃった。
はじめまして、私スジって言います。シウくんとは義理の......」
私からシウに視線を移すと口ごもった。
どう説明すべきか悩んでいるようだ。
関係性をはっきりと言葉で表すのは少々気が引けるだろう。
「あっ、シウから話は聞いています。はじめまして、ユリと申します。今日はお邪魔させていただきました」
「綺麗ね~、さすがはシウくんね。こんな美人な彼女がいるなんて」
「いや、そんなっ、あのスジさんもすごくお綺麗です......」
両手を全力で大振りして否定する。
「え~っ! やだ~、かわいい~!」
シウの陰に潜む私に近寄ると私の手を取って強く握った。
感激されている。
御世辞だと分かっていても照れる。
「ヌナ、この子人見知りだから」
シウは優しく私の肩を抱いてかばう。
「あらっ、ごめんなさいね。この家って男しかいないじゃない? 若くて可愛い子と話せるのが嬉しくって」
「もうお付き合いは長いの?」
そうだ、さっき“彼女”と言われたときにうっかり否定するのを忘れた。
「あっ、いえ、付き合ってるんじゃなくて......」
「あら、そうなの? てっきりカップルかと思っちゃった」
「10年来の幼馴染みなんです」
「あら、そう」
ゆっくりと頷き、私たちに微笑みかける。
ふとした表情や仕草、どれをとっても可憐で品がある。
まだよく知らないけれど、こんな人が数年前まではシングルマザーだったことが信じられない。
スジさんとシウのお父さん、どこで知り合ったんだろう。
芸能界にいた人じゃないよね?
「もう帰るの?」
「はい、遅いので......」
「あら、じゃあうちのものに送らせるわ、呼んでくるわね」
いそいそと階段へ足を進めた彼女に続いて、私とシウも階下に降りる。
スジさんが私の送迎を頼みにどこかへ行く。
彼女の入っていった部屋の内部が後ろにいる私にも一部分だけ見える。
おそらくリビングだろう。
シックにモノトーンでまとめられたシウの部屋とは雰囲気が打って変わって、ヨーロッパ調の煌びやかなソファーやチェスト、テーブルがそこにはあった。
ほんの一瞬の隙に、私の脳内に強烈なインパクトを植え付けた。
生まれながらのお金持ちじゃないと、あの部屋でくつろぐのは難しそう。
話はそこそこに通話を終わらせて、テーブルに戻った。 ジウォンが疑いの目を向け、わざとらしく尋ねる。
電話を切って気づいたのだが、ちょっと話したつもりが20分近く経っていた。
先生とご飯のお誘いルールを決める途中で話が脱線して長引いた。
「うん、仕事の人」
「ふーん、こんな夜遅くにも電話来るんだね」
「あぁ、付き合い長いおじさんだから」
嘘をつく。
本当は”お兄さん”が正しい。
後ろめたいこと、何もないはずだけど——
「なんだ、おじさんか」
「私そろそろ帰ろうかな。今のうちに体調整えておかないといけないから」
もう23時半、今回の活動は特に喉の調子を万全に備えて挑みたい。
それに、さっきみたいな気まずさはがもう一度やってきたら今度こそはさすがに逃れられなさそうだから、早く引き上げよう。
私の一言でジウォンとチョルスも帰ると言い出すかと思っていたら、ふたりはあとちょっと残ると言った。
2人ともそんな暇じゃない人なのに、余程呑みたいらしい。
お暇する私をシウが玄関まで見送ると言った。
ジウォンとチョルスには、またすぐに会おうと別れ告げて部屋を出る。
私がドアを開けてその後にシウが続く。
階段までのちょっとの廊下を数歩行った先で、真横の部屋のドアが内側から開いた。
たしかシウと血の繋がらない弟くんの部屋。
鉢合わせることを瞬時に察知して咄嗟にシウの方へ振り返った。
彼の体にぶつかる。
廊下に敷き詰められている紅色の絨毯と彼の足元だけが目に映る。
部屋から出てきた人のスリッパが絨毯の上でさささっと音をたて、バタリとドアが閉まった。
すぐそこにいるのを感じる。
「あら、もうお帰りになられるの?」
後ろから聞こえたのは女性の声。
てっきり男の子が出てくると思っていた私は拍子抜けしてそちらを確かめる。
そこには綺麗な女の人の姿。
上品なワンピースに身を包み、お腹を大きくしている。
これが新しい奥さん。
シウのお父さんってきっとうちのパパと変わらないから50代中盤。
あの方もそれなりに格好は良いけれど、こんなに綺麗で若い奥さんがいるのは凄いというか、ちょっとビックリ。
シウは彼女のことを「ヌナ」と呼んでいると聞いた。
たしかにお母さんではないし、このルックスで”おばさん”はない、ヌナ呼びが妥当だろう。
下手したらシウの本当のお姉さんだと勘違いされてもおかしくない。
心構えもないまま、遭遇してしまって彼の体に少しだけ隠れる。
「こんなに可愛い子とお知り合いなの? びっくりしちゃった。
はじめまして、私スジって言います。シウくんとは義理の......」
私からシウに視線を移すと口ごもった。
どう説明すべきか悩んでいるようだ。
関係性をはっきりと言葉で表すのは少々気が引けるだろう。
「あっ、シウから話は聞いています。はじめまして、ユリと申します。今日はお邪魔させていただきました」
「綺麗ね~、さすがはシウくんね。こんな美人な彼女がいるなんて」
「いや、そんなっ、あのスジさんもすごくお綺麗です......」
両手を全力で大振りして否定する。
「え~っ! やだ~、かわいい~!」
シウの陰に潜む私に近寄ると私の手を取って強く握った。
感激されている。
御世辞だと分かっていても照れる。
「ヌナ、この子人見知りだから」
シウは優しく私の肩を抱いてかばう。
「あらっ、ごめんなさいね。この家って男しかいないじゃない? 若くて可愛い子と話せるのが嬉しくって」
「もうお付き合いは長いの?」
そうだ、さっき“彼女”と言われたときにうっかり否定するのを忘れた。
「あっ、いえ、付き合ってるんじゃなくて......」
「あら、そうなの? てっきりカップルかと思っちゃった」
「10年来の幼馴染みなんです」
「あら、そう」
ゆっくりと頷き、私たちに微笑みかける。
ふとした表情や仕草、どれをとっても可憐で品がある。
まだよく知らないけれど、こんな人が数年前まではシングルマザーだったことが信じられない。
スジさんとシウのお父さん、どこで知り合ったんだろう。
芸能界にいた人じゃないよね?
「もう帰るの?」
「はい、遅いので......」
「あら、じゃあうちのものに送らせるわ、呼んでくるわね」
いそいそと階段へ足を進めた彼女に続いて、私とシウも階下に降りる。
スジさんが私の送迎を頼みにどこかへ行く。
彼女の入っていった部屋の内部が後ろにいる私にも一部分だけ見える。
おそらくリビングだろう。
シックにモノトーンでまとめられたシウの部屋とは雰囲気が打って変わって、ヨーロッパ調の煌びやかなソファーやチェスト、テーブルがそこにはあった。
ほんの一瞬の隙に、私の脳内に強烈なインパクトを植え付けた。
生まれながらのお金持ちじゃないと、あの部屋でくつろぐのは難しそう。