元強面騎士団長様は可愛いものがお好き〜虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる〜
15. 元強面騎士は可愛いものがお好き
幸せに満ち溢れた結婚披露パーティがお開きとなり、わたしたちは『アインスロッド洋菓子店』へと戻ってきた。
新郎新婦の二人は、ウェディングケーキをとても喜んでくれて、ケーキを食べた会場のみんなも一様に幸せそうな笑顔を浮かべていた。
服を着替えて順番にお風呂を済ませたわたしたちは、厨房で椅子を並べて珈琲を飲んでいる。以前ルビー様に連れて行ってもらったカフェの豆だ。
わたしたちの間には微妙な空気が流れている。
なんだかむず痒くて、気恥ずかしくて、心が浮ついて、でも不快じゃない。そんな空気。
わたしはアインスロッド様に伝えなくてはならないことがある。
パーティ会場で女神様と出会い、アインスロッド様の呪いが解かれたこと。そして、決して口にするまいと心に秘めていた淡い想い。
わたしは覚悟を決めてグイッと珈琲を飲み干すと、アインスロッド様に向き合った。
「アインスロッド様、実は今日のパーティ会場で、とても不思議な出来事が起こったのです。聞いてくださいますか?」
「ああ。もちろんだ」
アインスロッド様は身体をわたしの方へ向けてくれる。そんな些細なことですらわたしの胸をときめかせるのだから、随分と重症なのだろう。
わたしは事の顛末をすべてお話しした。
「――ですから、アインスロッド様の呪いは完全に解けてなくなりました」
こんな突拍子もない話、信じてもらえるのだろうか?
少し不安な気持ちを抱くが、アインスロッド様は顎に手を当てて考え込んでいる様子だ。
「なるほど……リカルドの予想は当たっていたようだな」
「え?」
アインスロッド様は、少し前に訪れた魔術師のリカルド様の話をしてくれた。もうその時には、わたしが癒しの力を取り戻したことに気づいていたというので驚いた。
「いずれ呪いは消滅するだろうと思っていたのだが、まさかこんな経緯で呪いが解かれるとは思いもよらなかった」
「わ、わたしも……女神様が現れるなんて驚きました」
不定期に店を訪れてくれた白髪の女性が女神様だったのなら、彼女はわたしが働き始めた当初から遠目に見守ってくれていたに違いない。
女神様の加護を失ったサミュリア王国の行末が気になるけれど、わたしは国を出た身。女神様が言ってくれたように、わたしはわたしの幸せのために生きると決めた。
女神様の話、そして呪いの話は無事に伝えることができた。次は、わたしのアインスロッド様に対する気持ちを伝える番だ。
そう意気込んでいると、握り込んだわたしの手に、アインスロッド様の大きくて骨張った手が重なった。
「俺は、あと数ヶ月もしたら、ミラベルやこの店を残して天に召されるのだと覚悟を決めていた。だからこそ、俺の中に芽生えた想いは墓場まで持って行くつもりだったんだが……」
「え?」
アインスロッド様の紅蓮の瞳が揺らめいている。
一体何の話だろうか。
「ミラベルは本当に可愛いな」
「へっ!? な、なんですか唐突に……」
真面目な話かと居住まいを正していたのに、アインスロッド様の口から飛び出したのはわたしの心を掻き乱す言葉だった。
不意打ちだったこともあり、一瞬で顔が熱くなる。
きっと、ものすごく赤くなっているのだろう。
そんなわたしに、アインスロッド様はもう一度、呟くように「可愛いな」と囁いた。
「これまでも再三伝えているだろう? ミラベルは可愛い。それに、俺は可愛いものが好きだと」
「? そうですね」
アインスロッド様が可愛いものがお好きなことはよく知っている。毎日ラブリーなエプロンを着て上機嫌にお菓子を作っている姿を見ているのだから。
「……はあ。伝わっていないようだな」
「何がですか?」
「俺は、可愛いものが、好きだ」
「はあ……よく知っていますよ?」
アインスロッド様は一体何が言いたいのだろう?
話の終着点が見えなくて首を傾けて見せると、アインスロッド様は崩れ落ちるように膝をついてしまった。
え、そんなに!?
「――俺はミラベルのことを可愛いと思っている。何度も何度も伝えたろう?」
「あ……はい、その……嬉しいです。ありがとうございます」
そんなに繰り返し言われてしまうと、ポッと頬が染まってしまう。まあ、既にわたしの顔はこれ以上ないほど真っ赤なのだけど。
好きな人から可愛いと言われて嬉しくない女の子はいないもの。
熱くなりすぎた頬を空いた手で押さえていると、椅子に座り直したアインスロッド様が真っ直ぐわたしの目を見据えた。見つめ合う形になって恥ずかしいのに、どうしても逸らすことができない。
「俺は可愛いものが好き。ミラベルは可愛い。――つまり、俺はミラベルのことが好きだと、暗に伝えているつもりだったのだが」
「…………………………ええっ!?」
そ、それは、余りにも分かりにくすぎませんか!?
嬉しさよりも驚きが勝って、素っ頓狂な声をあげてしまった。慌てて手で口元を覆う。
「あー……すまん、回りくどかったよな。うー、俺は剣とお菓子に人生を費やしてきたから、女性の扱いには疎くてな」
あー、うー、と気まずそうに頭を掻いて視線を逸らすアインスロッド様が、とても可愛い。頬が桃色に染まっていて、たまらなく愛おしい。
背が高くて、筋骨隆々で、丸太のような腕に、全て包み込んでしまいそうな大きな手。かつて強面騎士団長とまで言われた男性が、バツが悪そうに唇を突き出して照れている。
キュン。
「……もう、アインスロッド様こそ可愛すぎます……」
「なっ、俺が可愛いわけがないだろう?」
「いいえ、とても可愛いです。それに……わたしも、可愛いものが好きですよ?」
とても回りくどくて分かりにくい、アインスロッド様の可愛い告白を真似てみせる。
アインスロッド様はポカンと少し呆けたあと、ゆっくりと目を見開いた。
「そ、それは……そういうことか!?」
「……はい。そういうことです」
流石に恥ずかしくて視線を落としてしまう。
そんなわたしに、アインスロッド様は声にならない声をあげながらガバリと抱きついてきた。
「ひゃっ……!」
「ミラベル。好きだ。可愛い。愛してる。ずっと俺と一緒に店をやろう。皺くちゃになっても、腰が曲がっても、可愛いものと笑顔が溢れる家庭を築こう」
「はい……はい! わたしもアインスロッド様のことが好きです。お慕いしています」
ギュウギュウ抱きしめられて、厚い胸板に押しつぶされそうになる。慌てて背中を叩いて力を緩めてもらい、そのまま大きな背中に腕を回して思い切り抱きついた。
「ミラベル。俺は今、とても幸せだ」
「アインスロッド様……わたしも幸せです。今まで生きてきて、こんなに幸せになれるなんて思いもしませんでした」
少し早めの鼓動が溶け合い、どちらのものか分からなくなる。
アインスロッド様の腕の中は、温かくて、安心して、ドキドキして――わたしの心を幸せいっぱいにしてくれる。
「うおっ」
「ひゃっ」
心の底から『大好きだなあ』『幸せだなあ』と感じた瞬間、パァッと金色の光が溢れて空中で弾けた。キラキラと光の雨が厨房に降り注ぐ。
「癒しの力だろうな」
「そうみたいです……幸せすぎて溢れてしまいました」
「ぐう……! 可愛すぎる……!」
光に驚いて離れた身体を再び抱き寄せられる。
「――ミラベル、俺の前に現れてくれて本当にありがとう。おかげで毎日たくさんの客が俺たちのお菓子を食べて笑顔になってくれる。俺の夢を叶えてくれたのは、ミラベル、君だ。それだけでなく、君は俺の呪いまで解いて死の呪縛からも解放してくれた……ああ、君こそ俺の女神だよ」
「め……!? そ、そんな……わたしの方こそ、アインスロッド様に助けてもらわなければ今頃は……本当に感謝しています」
家族から愛されず、これまで一度も幸せを感じてこなかった人生が、こんなにも幸せに満ち溢れたものになるなんて。
きっと、アインスロッド様と一緒なら、もっともっと幸せになれる。わたしはそう確信している。
「ああ。これからもよろしく頼む」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
癒しの光に包まれてた幸せを生み出す厨房に、わたしたちの和やかな笑い声が響く。
これからもわたしたちはこの場所で、甘くて可愛いお菓子を作り続けていく。
一人でも多くの人に、笑顔と幸せを届けるために。
【おしまい】
新郎新婦の二人は、ウェディングケーキをとても喜んでくれて、ケーキを食べた会場のみんなも一様に幸せそうな笑顔を浮かべていた。
服を着替えて順番にお風呂を済ませたわたしたちは、厨房で椅子を並べて珈琲を飲んでいる。以前ルビー様に連れて行ってもらったカフェの豆だ。
わたしたちの間には微妙な空気が流れている。
なんだかむず痒くて、気恥ずかしくて、心が浮ついて、でも不快じゃない。そんな空気。
わたしはアインスロッド様に伝えなくてはならないことがある。
パーティ会場で女神様と出会い、アインスロッド様の呪いが解かれたこと。そして、決して口にするまいと心に秘めていた淡い想い。
わたしは覚悟を決めてグイッと珈琲を飲み干すと、アインスロッド様に向き合った。
「アインスロッド様、実は今日のパーティ会場で、とても不思議な出来事が起こったのです。聞いてくださいますか?」
「ああ。もちろんだ」
アインスロッド様は身体をわたしの方へ向けてくれる。そんな些細なことですらわたしの胸をときめかせるのだから、随分と重症なのだろう。
わたしは事の顛末をすべてお話しした。
「――ですから、アインスロッド様の呪いは完全に解けてなくなりました」
こんな突拍子もない話、信じてもらえるのだろうか?
少し不安な気持ちを抱くが、アインスロッド様は顎に手を当てて考え込んでいる様子だ。
「なるほど……リカルドの予想は当たっていたようだな」
「え?」
アインスロッド様は、少し前に訪れた魔術師のリカルド様の話をしてくれた。もうその時には、わたしが癒しの力を取り戻したことに気づいていたというので驚いた。
「いずれ呪いは消滅するだろうと思っていたのだが、まさかこんな経緯で呪いが解かれるとは思いもよらなかった」
「わ、わたしも……女神様が現れるなんて驚きました」
不定期に店を訪れてくれた白髪の女性が女神様だったのなら、彼女はわたしが働き始めた当初から遠目に見守ってくれていたに違いない。
女神様の加護を失ったサミュリア王国の行末が気になるけれど、わたしは国を出た身。女神様が言ってくれたように、わたしはわたしの幸せのために生きると決めた。
女神様の話、そして呪いの話は無事に伝えることができた。次は、わたしのアインスロッド様に対する気持ちを伝える番だ。
そう意気込んでいると、握り込んだわたしの手に、アインスロッド様の大きくて骨張った手が重なった。
「俺は、あと数ヶ月もしたら、ミラベルやこの店を残して天に召されるのだと覚悟を決めていた。だからこそ、俺の中に芽生えた想いは墓場まで持って行くつもりだったんだが……」
「え?」
アインスロッド様の紅蓮の瞳が揺らめいている。
一体何の話だろうか。
「ミラベルは本当に可愛いな」
「へっ!? な、なんですか唐突に……」
真面目な話かと居住まいを正していたのに、アインスロッド様の口から飛び出したのはわたしの心を掻き乱す言葉だった。
不意打ちだったこともあり、一瞬で顔が熱くなる。
きっと、ものすごく赤くなっているのだろう。
そんなわたしに、アインスロッド様はもう一度、呟くように「可愛いな」と囁いた。
「これまでも再三伝えているだろう? ミラベルは可愛い。それに、俺は可愛いものが好きだと」
「? そうですね」
アインスロッド様が可愛いものがお好きなことはよく知っている。毎日ラブリーなエプロンを着て上機嫌にお菓子を作っている姿を見ているのだから。
「……はあ。伝わっていないようだな」
「何がですか?」
「俺は、可愛いものが、好きだ」
「はあ……よく知っていますよ?」
アインスロッド様は一体何が言いたいのだろう?
話の終着点が見えなくて首を傾けて見せると、アインスロッド様は崩れ落ちるように膝をついてしまった。
え、そんなに!?
「――俺はミラベルのことを可愛いと思っている。何度も何度も伝えたろう?」
「あ……はい、その……嬉しいです。ありがとうございます」
そんなに繰り返し言われてしまうと、ポッと頬が染まってしまう。まあ、既にわたしの顔はこれ以上ないほど真っ赤なのだけど。
好きな人から可愛いと言われて嬉しくない女の子はいないもの。
熱くなりすぎた頬を空いた手で押さえていると、椅子に座り直したアインスロッド様が真っ直ぐわたしの目を見据えた。見つめ合う形になって恥ずかしいのに、どうしても逸らすことができない。
「俺は可愛いものが好き。ミラベルは可愛い。――つまり、俺はミラベルのことが好きだと、暗に伝えているつもりだったのだが」
「…………………………ええっ!?」
そ、それは、余りにも分かりにくすぎませんか!?
嬉しさよりも驚きが勝って、素っ頓狂な声をあげてしまった。慌てて手で口元を覆う。
「あー……すまん、回りくどかったよな。うー、俺は剣とお菓子に人生を費やしてきたから、女性の扱いには疎くてな」
あー、うー、と気まずそうに頭を掻いて視線を逸らすアインスロッド様が、とても可愛い。頬が桃色に染まっていて、たまらなく愛おしい。
背が高くて、筋骨隆々で、丸太のような腕に、全て包み込んでしまいそうな大きな手。かつて強面騎士団長とまで言われた男性が、バツが悪そうに唇を突き出して照れている。
キュン。
「……もう、アインスロッド様こそ可愛すぎます……」
「なっ、俺が可愛いわけがないだろう?」
「いいえ、とても可愛いです。それに……わたしも、可愛いものが好きですよ?」
とても回りくどくて分かりにくい、アインスロッド様の可愛い告白を真似てみせる。
アインスロッド様はポカンと少し呆けたあと、ゆっくりと目を見開いた。
「そ、それは……そういうことか!?」
「……はい。そういうことです」
流石に恥ずかしくて視線を落としてしまう。
そんなわたしに、アインスロッド様は声にならない声をあげながらガバリと抱きついてきた。
「ひゃっ……!」
「ミラベル。好きだ。可愛い。愛してる。ずっと俺と一緒に店をやろう。皺くちゃになっても、腰が曲がっても、可愛いものと笑顔が溢れる家庭を築こう」
「はい……はい! わたしもアインスロッド様のことが好きです。お慕いしています」
ギュウギュウ抱きしめられて、厚い胸板に押しつぶされそうになる。慌てて背中を叩いて力を緩めてもらい、そのまま大きな背中に腕を回して思い切り抱きついた。
「ミラベル。俺は今、とても幸せだ」
「アインスロッド様……わたしも幸せです。今まで生きてきて、こんなに幸せになれるなんて思いもしませんでした」
少し早めの鼓動が溶け合い、どちらのものか分からなくなる。
アインスロッド様の腕の中は、温かくて、安心して、ドキドキして――わたしの心を幸せいっぱいにしてくれる。
「うおっ」
「ひゃっ」
心の底から『大好きだなあ』『幸せだなあ』と感じた瞬間、パァッと金色の光が溢れて空中で弾けた。キラキラと光の雨が厨房に降り注ぐ。
「癒しの力だろうな」
「そうみたいです……幸せすぎて溢れてしまいました」
「ぐう……! 可愛すぎる……!」
光に驚いて離れた身体を再び抱き寄せられる。
「――ミラベル、俺の前に現れてくれて本当にありがとう。おかげで毎日たくさんの客が俺たちのお菓子を食べて笑顔になってくれる。俺の夢を叶えてくれたのは、ミラベル、君だ。それだけでなく、君は俺の呪いまで解いて死の呪縛からも解放してくれた……ああ、君こそ俺の女神だよ」
「め……!? そ、そんな……わたしの方こそ、アインスロッド様に助けてもらわなければ今頃は……本当に感謝しています」
家族から愛されず、これまで一度も幸せを感じてこなかった人生が、こんなにも幸せに満ち溢れたものになるなんて。
きっと、アインスロッド様と一緒なら、もっともっと幸せになれる。わたしはそう確信している。
「ああ。これからもよろしく頼む」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
癒しの光に包まれてた幸せを生み出す厨房に、わたしたちの和やかな笑い声が響く。
これからもわたしたちはこの場所で、甘くて可愛いお菓子を作り続けていく。
一人でも多くの人に、笑顔と幸せを届けるために。
【おしまい】