元強面騎士団長様は可愛いものがお好き〜虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる〜
2. 天使じゃなかった
「う……ここは?」
重たい瞼を開けてしばらくボーッとしていると、徐々に視界が明瞭になってきた。
ここは何処かと視線だけでぐるりと室内を見回すと、温かな木目調のこぢんまりとした部屋だった。カーテンは淡いピンク色で、ところどころにクマのぬいぐるみが置かれた可愛らしい部屋だ。わたしが長く暮らしてきた物置部屋とは随分と違う。
……あれ?
わたしは天使に誘われて、神の庭へ召されたはずなのに……
明らかに市井の一室と思われる光景に、ん? と寝たまま首を傾げていると、カチャリと丸いドアノブが回ってヌッと赤髪の男性が顔を出した。
「おっ、目が覚めたか! よかったよかった」
真っ白な歯を見せて豪快な笑みを浮かべながら部屋に入って来た男性は、炎のように真っ赤な髪を短く切っていて、数度折り返したシャツの袖口からは血管が浮かぶ立派な腕を覗かせている。
「……天使様?」
「ん? 天使? 俺がか? こりゃあ随分と弱っているらしいな」
掠れた声で問いかけると、男性は頭をガシガシ掻いて困った顔をした。
「とにかく腹が減っただろう。芋のポタージュを作って来たから、食え」
「ポタージュ……!」
室内に入って来た男性の片手に乗せられた盆の上には、ほわほわと湯気を立ち昇らせる優しいクリーム色をしたポタージュが乗っていた。
その匂いに誘われるように、わたしはゆっくりと身体を起こそうとした。けれど、うまく力が入らなくて再び布団に背を沈み込ませてしまう。
「ああ、すまん。手伝う」
男性はサイドテーブルに盆を置くと、「失礼」と一言断りを入れてからわたしの背に大きな手を滑り込ませた。
温かな手に優しく身体を起こされ、背もたれになるように挟んでくれたクッションに背中を預ける。
「人肌にしてあるから、ゆっくり自分のペースで飲むといい」
「……ありがとうございます」
布団の上にそっと置かれた盆の上のポタージュからは、食欲をそそるいい香りがする。はぁ、と息を吐くと同時にキュルルッとお腹が鳴った。
カァッと顔が熱くなる。恥ずかしい。
「ははっ! 食欲はあるようだな。よーし、食え食え!」
男性に促されるままにスプーンをポタージュに浸す。そっと、溢さないようにスプーンを持ち上げて口に運ぶ。よく濾されたポタージュは舌触りが滑らかで、塩胡椒とミルクの風味が香るホッとする味をしていた。
「美味しい……」
「そうか! それはよかった」
わたしはスプーンでポタージュを掬っては口に運んでいく。
こんなに美味しくて温かな食事はいつぶりだろう。
ポタージュの優しさがじんわりと身体と心に染み渡っていく。
ニコニコと笑顔が眩しい男性に見守られながら、わたしは残さずポタージュを平らげた。
「ごちそうさまでした」
「いい食べっぷりだ。作った甲斐がある」
綺麗になった皿を満足そうに回収する男性を何気なくボーッと見上げる。わたしの視線に気付いた彼は、「ん?」と眉を上げてから、「ああ!」と何かを納得したように笑顔を見せた。
「これか? 可愛いだろう?」
得意げな男性が胸を張ってよく見えるようにしてくれたのは、気を失う前に見たフリルとハートがたくさんのピンクのエプロン。天使の正装ではなかったらしい。
「え、あ、可愛い……です」
エプロンは確かにとても可愛い。
……似合っているかは別にして。
ぎこちない笑みで答えてしまったけれど、男性は満足げに「そうだろう」と鼻高々としている。胸を張って反り返っているものだから、服の上からでも分かるムチムチの胸筋がパツン! とシャツのボタンを弾き飛ばさんとしていて冷や冷やする。
「さて、遅くなってしまったが自己紹介といこう。俺の名前はアインスロッド。この店のオーナーだ。開店準備をしていたところ、近くで倒れたあんたを保護したってわけだ」
「お店? ……あっ! わ、わたしはミラベルです。助けてくださり、本当にありがとうございます」
何の店だろうかと気になりつつ、慌てて頭を下げて感謝の気持ちを伝える。
冗談ではなく本当に空腹で死にそうだったから、彼は命の恩人だ。優しい人に救われたことは僥倖だった。
「ミラベルか、いい名前だな。何か事情があるのだろうが、まずは食事と睡眠をたくさん摂って一人で歩けるぐらいに元気になることだ。話はそれからゆっくり聞こう。俺は気楽な独り身だし、この家に空き部屋はたくさんある。遠慮せずに世話になるといい」
「えっ! そんな……そこまでお世話になるわけには……」
恐縮するわたしに対し、アインスロッド様はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ははは! 俺が好きで世話を焼いているだけだから、気にするな。それに、お礼にちょっとした頼み事をしようと目論んでいる」
頼み事……?
取り柄も身体の肉も女としての魅力も何もないわたしに一体何を頼むというのだろう。
わたしにできることだろうかと顔を青くしていると、アインスロッド様はわたしを安心させるようにベッドサイドに膝をついて視線を合わせてくれた。
「行くあてがないのなら、悪い話ではないと思うぞ。とにかく今はしっかり休め。ミラベルの話も、俺の頼み事の話もそれからだ」
「……はい」
アインスロッド様の声は優しくて重厚感があって、とても安心する。
わたしは彼の好意にありがたく甘えることにした。それにしても、頼み事の詳細が気になって仕方がない。
重たい瞼を開けてしばらくボーッとしていると、徐々に視界が明瞭になってきた。
ここは何処かと視線だけでぐるりと室内を見回すと、温かな木目調のこぢんまりとした部屋だった。カーテンは淡いピンク色で、ところどころにクマのぬいぐるみが置かれた可愛らしい部屋だ。わたしが長く暮らしてきた物置部屋とは随分と違う。
……あれ?
わたしは天使に誘われて、神の庭へ召されたはずなのに……
明らかに市井の一室と思われる光景に、ん? と寝たまま首を傾げていると、カチャリと丸いドアノブが回ってヌッと赤髪の男性が顔を出した。
「おっ、目が覚めたか! よかったよかった」
真っ白な歯を見せて豪快な笑みを浮かべながら部屋に入って来た男性は、炎のように真っ赤な髪を短く切っていて、数度折り返したシャツの袖口からは血管が浮かぶ立派な腕を覗かせている。
「……天使様?」
「ん? 天使? 俺がか? こりゃあ随分と弱っているらしいな」
掠れた声で問いかけると、男性は頭をガシガシ掻いて困った顔をした。
「とにかく腹が減っただろう。芋のポタージュを作って来たから、食え」
「ポタージュ……!」
室内に入って来た男性の片手に乗せられた盆の上には、ほわほわと湯気を立ち昇らせる優しいクリーム色をしたポタージュが乗っていた。
その匂いに誘われるように、わたしはゆっくりと身体を起こそうとした。けれど、うまく力が入らなくて再び布団に背を沈み込ませてしまう。
「ああ、すまん。手伝う」
男性はサイドテーブルに盆を置くと、「失礼」と一言断りを入れてからわたしの背に大きな手を滑り込ませた。
温かな手に優しく身体を起こされ、背もたれになるように挟んでくれたクッションに背中を預ける。
「人肌にしてあるから、ゆっくり自分のペースで飲むといい」
「……ありがとうございます」
布団の上にそっと置かれた盆の上のポタージュからは、食欲をそそるいい香りがする。はぁ、と息を吐くと同時にキュルルッとお腹が鳴った。
カァッと顔が熱くなる。恥ずかしい。
「ははっ! 食欲はあるようだな。よーし、食え食え!」
男性に促されるままにスプーンをポタージュに浸す。そっと、溢さないようにスプーンを持ち上げて口に運ぶ。よく濾されたポタージュは舌触りが滑らかで、塩胡椒とミルクの風味が香るホッとする味をしていた。
「美味しい……」
「そうか! それはよかった」
わたしはスプーンでポタージュを掬っては口に運んでいく。
こんなに美味しくて温かな食事はいつぶりだろう。
ポタージュの優しさがじんわりと身体と心に染み渡っていく。
ニコニコと笑顔が眩しい男性に見守られながら、わたしは残さずポタージュを平らげた。
「ごちそうさまでした」
「いい食べっぷりだ。作った甲斐がある」
綺麗になった皿を満足そうに回収する男性を何気なくボーッと見上げる。わたしの視線に気付いた彼は、「ん?」と眉を上げてから、「ああ!」と何かを納得したように笑顔を見せた。
「これか? 可愛いだろう?」
得意げな男性が胸を張ってよく見えるようにしてくれたのは、気を失う前に見たフリルとハートがたくさんのピンクのエプロン。天使の正装ではなかったらしい。
「え、あ、可愛い……です」
エプロンは確かにとても可愛い。
……似合っているかは別にして。
ぎこちない笑みで答えてしまったけれど、男性は満足げに「そうだろう」と鼻高々としている。胸を張って反り返っているものだから、服の上からでも分かるムチムチの胸筋がパツン! とシャツのボタンを弾き飛ばさんとしていて冷や冷やする。
「さて、遅くなってしまったが自己紹介といこう。俺の名前はアインスロッド。この店のオーナーだ。開店準備をしていたところ、近くで倒れたあんたを保護したってわけだ」
「お店? ……あっ! わ、わたしはミラベルです。助けてくださり、本当にありがとうございます」
何の店だろうかと気になりつつ、慌てて頭を下げて感謝の気持ちを伝える。
冗談ではなく本当に空腹で死にそうだったから、彼は命の恩人だ。優しい人に救われたことは僥倖だった。
「ミラベルか、いい名前だな。何か事情があるのだろうが、まずは食事と睡眠をたくさん摂って一人で歩けるぐらいに元気になることだ。話はそれからゆっくり聞こう。俺は気楽な独り身だし、この家に空き部屋はたくさんある。遠慮せずに世話になるといい」
「えっ! そんな……そこまでお世話になるわけには……」
恐縮するわたしに対し、アインスロッド様はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ははは! 俺が好きで世話を焼いているだけだから、気にするな。それに、お礼にちょっとした頼み事をしようと目論んでいる」
頼み事……?
取り柄も身体の肉も女としての魅力も何もないわたしに一体何を頼むというのだろう。
わたしにできることだろうかと顔を青くしていると、アインスロッド様はわたしを安心させるようにベッドサイドに膝をついて視線を合わせてくれた。
「行くあてがないのなら、悪い話ではないと思うぞ。とにかく今はしっかり休め。ミラベルの話も、俺の頼み事の話もそれからだ」
「……はい」
アインスロッド様の声は優しくて重厚感があって、とても安心する。
わたしは彼の好意にありがたく甘えることにした。それにしても、頼み事の詳細が気になって仕方がない。