元強面騎士団長様は可愛いものがお好き〜虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる〜

7. ほのかな光

「うーん……」

「お、目が覚めたか?」

 意識を取り戻したわたしの視界いっぱいに広がるアインスロッド様の整った凛々しいお顔。

「アインスロッド様……? わたしは……ええ!?」

 モヤが晴れたように頭が冴えてきてようやく自分の置かれている状況を理解した。

 膝枕されている。
 そしてめちゃめちゃ覗き込まれている。

 アインスロッド様がわたしの目覚めを確認して満足そうに背筋を伸ばした隙にすかさず距離を取る。

 本当に、この人は近すぎる――!

「急に倒れたから驚いた。まだ体調が万全ではないというのに無理をさせてしまったようだ。すまない」

「あ、いえ……! 体調が悪いわけでは……」

 勢いよく頭を下げられて、逆に戸惑ってしまう。
 どうにか話を逸さねば、と視線を巡らせて、まだここが厨房なのだと気がついた。
 どうやら椅子を二つ並べて、そこに横たえられていたらしい。アインスロッド様の膝枕というオプション付きで。

 すっかり熱くなった頬を押さえたわたしが見つけたのは、先ほど飾り付けを終えたケーキだった。

「あ、あの! せっかくなので、アインスロッド様に召し上がっていただきたいのですが……」

「む、いいのか?」

 わたしの提案に、アインスロッド様はパァッと嬉しそうに微笑んだ。
 アインスロッド様は感情がわかりやすくて、身体は大きいけれどもやっぱり可愛いなと思う。

 いそいそと作業台の前に椅子を運んだアインスロッド様は、フォークを取り出して丁寧にケーキに差し込んだ。

「見た目がいいと、味も割り増しで美味いんだろうな」

 そう呟いたアインスロッド様は、大きな口を開けてパクリとケーキを食べた。

「……あれ?」

 アインスロッド様がケーキを食べた瞬間、ケーキから淡く温かな光が漏れた気がした。

「うむ、うまい!」

 見間違いだろうか、と目を瞬いている間にもアインスロッド様は感激しながらパクパクとケーキを口に運んでいく。あまりに美味しそうに食べるものだから、見ているこちらが幸せになる。よほど甘いものが好きなのね。

「ん……? ああ、すまん。ミラベルが初めて仕上げたケーキを俺一人で完食するわけにはいかんな」

 ついついジッと見つめてしまっていたわたしの視線に気づいたアインスロッド様が、我に返ったように立ち上がった。
 わたしの元へと近づいてくるアインスロッド様。その手にはひとすくいのケーキが乗せられたフォークが握られている。

「ほら、あーん」

「えっ!? あ、あーん?」

 ズイッと口元にフォークを差し出され、反射的に口を開いてしまう。そのまま口の中にケーキのふわふわした甘みが広がる。

 初めてケーキをいただいた時と合わせて、二度も「あーん」されてしまった。アインスロッド様はきっと父性に溢れたお方なのだろう。
 なんてことを考えながら、ゆっくりと咀嚼してケーキを味わう。

 じんわりと優しさが染み込むような、胸が温かくなるような心地がする。

「……美味しい。さきほどいただいたものと素材は同じはずなのに……どうしてか、より一層美味しい気がします」

「そうだろう! ミラベルが一生懸命彩ったケーキなのだからな。ミラベルの想いが乗せられているから美味いんだ」

 ワハハ、と笑いながら、引き続きケーキを食べてはわたしの口にも運んでくれるアインスロッド様。

 …………待って?
 アインスロッド様は気にされていないようだけど、これって間接キ……ッ!?

 重要なことにようやく気がついて、ボボッと顔に熱が集まる。
 男性に耐性がないのに、アインスロッド様の距離感が近すぎて翻弄されっぱなしな気がする……!

「いやぁ、本当に美味かった! 俺は確信した。ミラベルとならばたくさんの人に俺のお菓子を味わってもらえると!」

「こ、光栄です……!」

 豪胆に笑うアインスロッド様に終始圧倒されながら、辛うじて返事をする。

「デカくて顔が怖い俺だけでは入りづらくとも、優しくて可愛いミラベルがいてくれたら客も入店しやすいだろう」

「えっ!? か、かわっ!?」

 生まれて初めて言われた単語に、私の思考は停止した。

 アインスロッド様が、わたしのことを可愛いと言った?

 成長期の栄養が足りなくて、小柄で貧弱な身体。
 無造作に伸ばされた髪も艶がなくてパサついているし、顔色だってまだいいとはいえない。
 目の下にはクマだってあるし……そんなわたしが、可愛い?

 一方のアインスロッド様もキョトンと目を瞬いている。

「……俺は今、可愛いと言ったか?」

「えっ!? は、はい……恐れ多くも……」

「……そうか」

 顎に手を当てて自問自答している様子のアインスロッド様は、ジィッとわたしを見つめている。
 あまりに真っ直ぐに見つめられるものだから、居た堪れなくて目が右に左に忙しなく泳いでしまう。

「ああ、そうだな……ミラベルは可愛いな」

「……えっ!?」

 しみじみと噛み締めるように、柔らかな眼差しを携えて囁かれてしまっては、赤面するなという方が無理な話で。
 顔から火が出そうなほど急激に顔が熱くなっていく。

「えっと……あ、ありがとうございます。そんなこと言ってもらえたの、初めてです」

 両手で頬を押さえながら、尻すぼみに言葉を発する。

「初めて……? ふむ、なるほど」

 ますます考え込むアインスロッド様は、ニカッと爽やかな笑みを浮かべてわたしの肩に手を添えた。

「よし! これまで与えられなかった分、俺がたくさんミラベルを甘やかすとしよう」

「えっ!? 今以上に、ですか?」

 アインスロッド様には十分過ぎるほどよくしていただいているのに、と瞠目する。けれど、当の本人はカラリと笑うばかりである。

「うん? まだ全然甘やかしているつもりはないのだが……今日からミラベルは俺の店の大切な従業員になる。もちろん住み込みで働いてくれていいし、厨房も好きに使ってくれていい。これまで制限されて生きていた分を取り戻そう。一年しか一緒にいられない分、濃密な一年を共に過ごそうじゃないか」

「はっ、はい」

 そして、爽やかな笑みと共に差し出された手。
 わたしは迷わずその手を取った。

「よし、改めてこれからよろしくな。ミラベル!」

「よ、よろしくお願いいたします……!」

 かくして、自国を追われて死の淵を彷徨っていたわたしは、命の恩人であるアインスロッド様と共同生活を送ることになったのだった。
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