婚約者候補は辞退させてくださいませっ!

18アーサー視点

なんだかひどく疲れたな。執務室に入ると書類作業に取り掛かる。
黙々と作業していると、ローガンが戻ってきた。


「失礼致します。
アーサー様、ジャクリーン嬢とレイチェル嬢は帰路につかれました。」

「あぁ。ご苦労。そなたも災難だったな。それで? 2人はどんな会話をしていたのだ?」

ローガンから詳細の報告を受ける。
私情を挟まず淡々と語るローガンは、優秀だな。実に分かりやすい。

「なるほどな。期待を裏切らない予想通りの2人だな。意外性があれば、私ももう少し楽しく追い詰めるのだが…面白みもないな。」


「アーサーさま…」


ローガンは相槌に困っていた。

「失礼致します。アーサーさま。ミシェルさまがお見えです。」

侍女が来客を告げた。

「そうか。ミシェル嬢も本日であったか。」

「応接室にお通しいたしますか?」


「いや、ここでいい。執務室に通すように」


「かしこまりました。
ご令嬢を執務室へご案内するなど、なんと申し上げてよいものか…」

ローガンは苦言を呈す。


「ローガン、気にするな。ミシェル嬢は場所など気にするような者じゃない。それに今更ではないか。紅茶の用意を」

「承知致しました」


ローガンは一礼すると、執務室を後にした。

少しの間の後ノックの音が響く。

 
「失礼致します、アーサーさま。
あら、お仕事中ですのね?」

ミシェル嬢は、落ち着いた淡い色合いの装いだった。

美人ではある。

だが、マリーベルには敵わないな。比べるまでもないが。


「あぁ、適当に寛いでくれ」

ミシェル嬢は、慣れた様子でソファーに腰掛ける。

「はぁ、相変わらずですのね。
少しは、私にも取り繕ったらどうなのかしら?
先程の彼女達にしてるように」

「必要ないだろ?
そなたと私では、性格も似すぎている。
腹黒いところとかな。
それに、取り繕ってないのはお互いさまだろ。」

ミシェル嬢は澄ました顔で答える。

「お互い様だなんて。私は、誰に対しても節度をもって接していますわ。アーサーさまと違って。」

「そういう所が腹黒なのだろ。」

「まぁ、ひどい言われようですこと。
どこかの誰かさんのように、マリーベルさまを怖がらせている方よりは、よろしいのではなくて?」

ミシェル嬢は、もの言いたげな目を向ける。

「━━怖がらせるだと?」

「えぇ、偶然王城から帰られる所のマリーベル様をお見かけしたことがありますの。それはもう、ひどく怯えた様子でしたわ。

ふふ。
まさか、好きな方をいじめたくなる……とか、
子供じみた真似をなさってる訳じゃありませんわよね?」

「……」

図星をつかれて言葉に詰まる。

マリーベルが、私を怖がっているだと?

毎回思い当たることばかりで、いつの事かも分からないな。 
はぁ、だがあの怯えた様子も可愛い。

ふるふる震える姿は、庇護欲をかきたてる。

この腕の中に閉じ込めていたい。

あの、潤んだ瞳がたまらない。

泣かせてみたい。 ダメだ! 



「まぁ、図星のようですわね。

失礼を承知で申し上げますが、アーサーさまは国の未来をどうお考えでしょうか?

マリーベルさまは、次期王妃さまには何かと心許ないかと。
 アーサーさまのお気持ちは、存じております。ですが、国の繁栄、安泰を思えばこそ、憂いているのです。」


「いくらそなたでも、聞き捨てならない発言だな。
何を言われようと、私の気持ちは変わらない!」

ミシェル嬢は、紅茶で喉を潤すと、私の顔を見据える。
「では、次期王妃さまの素質はひとまず置いておいて、友人としてアドバイスを。

マリーベルさまのことをお好きなら、素直にありのままのお気持ちを、お伝えしたらよろしいではないですか。」


「そ、それはっ」

「もしかして、こわいのですか?」


「な、何も、怖がってなどいない! マ、マリーベルは、私の婚約者だ」


「婚約者()()ですわ」

「それは建前であって、婚約者はマリーベル以外考えられない!」

「まぁ、随分と横暴ですのね。
マリーベル様のお気持ちを考えたことはありまして?

果たしてマリーベルさまは、アーサー様と同じお気持ちでしょうか?

まさか、圧力をかけているのではないでしょうね?」

咎めるミシェル嬢に何も言い返せない。


彼女とは、昔からお互い素で話しあえる仲だ。


「マリーベルの気持ちだと? 
マーティン侯爵に軽く根回しはしたことは白状するが、圧力をかけた覚えはない」

「ふふ。 あの侯爵様を味方につけていますのね。 マリーベル様に拒否権はないも同然。
 恋愛結婚よりも、政略結婚が主流ですものね。」

「━━つもりはない」

「なんとおっしゃいまして?」

「愛のない生活は耐えられない!」



「まぁ、ふふふ。でも、一方的な気持ちは、相手を苦しめることにもなりますのよ。
アーサー様は、マリーベル様を苦しめたいのですか?」

 「マリーベルを苦しめるなど、そんなつもりはない! ミシェル、私はどうしたらいい?」

「人の恋愛に介入するものではないのだけど……
マリーベル様のお気持ちを確認しましょう。ご心配いりません。
ふふふ、なんだか面白いから、私がマリーベル様にお尋ねしますわ」

「ミシェル嬢が?」

天使のようなマリーベルが、毒されないだろうか。

「大丈夫ですわ。私にお任せください。

そのかわり、アーサーさまの望む答えでなかった場合も、現実を受け止めてくださいませね?

それと、この事はアーサー様への貸し と致しますので、きちんと返してくださいませね?ふふ」

「…分かった。まぁいいだろう。
マリーベル嬢を、くれぐれもそなたの毒で侵すことのないようにな。」

「毒だなんて。アーサー様ほどではないでしょうに。では、失礼しますわ」

ミシェル嬢は悪戯を考える子供のように楽しそうに帰って行った。
マリーベルの気持ちを、

今まで尋ねたことはなかったな。

聞く必要がなかった。

いずれにしても、手放すつもりはないから。

婚約者を辞退したいなど、本心ではないのだろ?


重圧に耐えれるか心配だからだろう?

大丈夫だ、苦手な社交活動などしなくてもいい!

私が何とかする

ただ、私の側にいてくれたら。

マリーベル、私は、あなたを見ると、どうしてもいじめてしまう

泣かせたくなる

こんな私を、嫌いにならないでくれ!



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