婚約者候補は辞退させてくださいませっ!
「それで?

具体的にどのように改めるのか

聞かせてもらおうか」


アーサー様は紅茶を一口飲むと、私に向かって質問を始めた。


『え?ぐ、具体的にとおっしゃられますと?』

「はぁ、

まさか、何も考えずにここへ来たのか?」


アーサー様の眉間には皺が寄っていた。

『そ、そ、そう言われましても……」

今日呼び出されたのは、悪女の噂を払拭する具体的な案を確認するためだったのですね。

おつしゃる通り何も考えずに来ました。

えぇ、本当に申し訳なく……

何か言わなければ。

とにかく考える時間を。

一旦、気持ちを落ち着けるためにカップに手を伸ばす。



「お前はこの三日間、何をしていたの

だ?三日もあれば、今後の行動リストを作

成して私に持ってくるのが普通であろ

う。城の者であれば即座に持ってくる

ぞ」

ガタガタと緊張から指先が震えている。
カップに伸ばしかけた手をそっと膝の上に下ろした。

目を合わせることができなくて、視線を下に向けたまま、返答する。


『そ、そうですか…とても優秀な方達です

のね。私にはとても出来かねます。』

ドンっとまたもテーブルに拳をうちつけるアーサー様。

『ヒィッ」

その音に驚いて、身体を思わず後ろへ仰け反らせる。

どんな時でも表情を崩さないように、という基本中の基本動作もアーサー様の前ではできませんっ



「アーサー様、テ、テ、テーブルを叩くの
は、どうか、おやめください、心臓に悪いです、私、あの、私」

呂律が回らずに上手く言葉が続けられない。


「私に指図するのか?

まぁ、いいだろう。お前が何も出来ない事は承

知している。時間がないのは勿論分かっているよな?」


コクコクコクと、私は怯えながら首を動かす。

もう、怖くて何も考えられない。

圧を感じて、気を抜くと涙が出てきそうだ。

「それでだ。最低限、婚約者としてお前

に必要な事を考えてきた。」

『ひ、必要な事? 婚約者として?」


「よいか。大切なことを三つ伝える。

まずは、感謝の気持ちだ。

そして思いやりだ。

まぁ優しさだな。最後は愛情だ。


愛のない生活は耐えられないからな。

復唱してみろ」

『へ?』

「はぁ。記憶力も悪いのか。感謝、思いや

り、愛情だ。繰り返せ」


『えっと、感謝、思いやり、愛情… 』


ん、愛情…?いったいアーサー様は何を言っているの?


具体的な案の話ではなかったかしら。

感謝や思いやりはともかく、愛情とは、

誰が誰に対して?

愛情はこんな脅されるような感じに強制されるものだったかしら。


自然と溢れてくる感情のことなのでは。

だめだ、もう、全然分からない


「とりあえず感謝の気持ちを表現すること

から初めてみろ。」




『ど、どのように…したらよいのでしょう?』

アーサー様の眉間の皺が一層深まった。



「まずは、私への感謝から。」

『い、今ですか?アーサー様への感謝、感謝、えっと、

その…本日は、ほ、本日も

貴重なお時間を頂きありがとうございまし

た!」

何か感謝しなければと、しぼりだすように無理矢理感謝の言葉を述べた。


「……」

ビクビクしながらアーサー様の様子を窺うも、
無言で何の返答もない。

間違えたのでしょうか

間違えたのですね

アーサー様が何を望まれているのか分かりません


場の空気が鉛のように重く感じる。

「そうじゃない!

私がお前の婚約者であることへの感謝

だ!」


「そんなっ、感謝できません!」

「なっ!」

しまった、本音が。
テーブルを拳で打ちつけるのではと、ビクビクして様子を窺う。

アーサー様はなぜか驚いていた。
眉間に皺を寄せていないアーサー様を初めて見た気がする。


どうしてそんな顔をしているの?



「嘘でもいいから言え!言い終わるまで帰

れないものと思え!」


「そんなっ、あんまりです!」

アーサー様はただただじっと見つめてくる。


視線が怖い。

無言の圧力だ。

もう帰りたい



「分かりました。


アーサー様が婚約者で嬉しいです。

アーサー様には感謝しています』


棒読みになっているのが自分でも分かったけど、なんとか言い切った。

するとアーサー様は、急に笑顔になった。


アーサー様も笑うことがあるのね。



初めて見るその笑顔に、驚いたのと同時に、こんな優しい顔もできるのだと思わず凝視してしまつた。

思わずパチっと視線が合うと、アーサー様の耳がほんのりと赤くなった。

「そんなに、見つめられると照れるな、そんなに嬉しいか?

では、帰ってもいいぞ。周囲の者達へも

感謝の気持ちをわすれないように」


そう言い残し、慌てて部屋を出て行かれた。


いったいどういうこと?

呆然とする中、私は室内へと入って来た侍女によって現実へと引き戻された。


アーサー様は一体何を考えているのだろう?






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