婚約者候補は辞退させてくださいませっ!
「こちらはシンプルなモチーフのお花です。マリーベル様もこちらを見ながら、挑戦されてみてくださいませ」

「ええ。がんばってみますわ。
あら?」

さっそく針に糸を通そうとするものの、上手くいかなかった。

「難しいですわ。 手が、震えて……」

針の穴に糸を通すことは、思いの外至難の業だった。
先程ミシェル様は、簡単に通していたように見えたけれど。


実際に自分でやってみると、上手くいかない。

見兼ねたミシェルがマリーベルに付き添い、
針の穴に糸を通すまで手伝う。

何とか糸を通せたので、いよいよ刺繍をはじめようと針を刺す。針をそのまま引っ張ると、スルスルと糸が抜けてしまった。

「あら? ミシェル様、あの、糸が抜けてしまいますわ。」

「ふふ、大丈夫ですわ。糸の端に結び目を作りましたか?

このようにこうして、と、もう大丈夫ですわ」

「まぁ、結び目のことを忘れていましたわ。お恥ずかしいです……」

「そんなことありませんわ。誰しも初めての瞬間がありますわ。何事も経験ですもの。

今、こうして、マリーベル様は新しい事を始めたばかりですわ。 何かを始めて、それが出来るようなった時のことを考えると、楽しみでわくわくしませんか? 

私は、マリーベル様が()()()刺繍を始めた瞬間にこうして立ち会えて、とっても嬉しいですわ。

あら、 初めてのことをマリーベル様と一緒に行う……ふふふ、アーサー様に言ったらどんな顔をするかしら? 羨ましがるでしょうね、揶揄うネタできましたわ。

と、いけない、マリーベル様、お気になさらないで」


「ミシェル様、ありがとうございます」と、感謝の気持ちを伝えて、刺繍を始めたマリーベルは、ミシェルの最後の呟きは耳に入っていない。


ミシェル様は、ニコライ様と似ていらっしゃるわ。お優しい所がとても。



ぎこちない手つきではあるものの、なんとかお花のモチーフは完成した。

「マリーベル様ら完成されましたのね。初めてで、ここまで完成できる集中力は素晴らしいですわ。
あとは、繰り返しの練習あるのみです。」

「ミシェルさま、ありがとうございます‼︎

とても難しいですね……部屋でがんばって練習致しますわ。」


私達は裁縫道具を片付けて1箇所にまとめ終えると、再びソファーへと腰掛けた。

ミシェル様は新しい紅茶を淹れる。

「マリーベルさま。
私は、アーサー様とは幼少の頃より交流があります。

マリーベル様の事は、それはもう何度も何度も、耳がいたくなるくらいにお聞きしておりますわ。ふふ。

ところで、マリーベル様。

一つお尋ねしたい事があるのですが、質問してもよろしいでしょうか?」

「ええ、私に答えられることなら」


ミシェルは、マリーベルの目を真っ直ぐに見つめ、逡巡した後に、言葉を続ける。

「ありがとうございます、マリーベル様。

不躾なことをお尋ねするようですが……


マリーベル様は、アーサー様のことをどう思われていますか?


アーサーさまのことを、お慕いしているのかしら?」

「え」

アーサー様のこと?

ミシェル様はいきなりどうしたのかしら。

こわい……とお伝えしてもいいものかしら。

どうお答えしようかと悩み、口を開こうとした瞬間

「いいえ! マリーベルさま! やっぱり、ちょっとお待ちください‼︎ 」



ミシェルは、言いそびれたことがあるのかマリーベルを制し、言葉を続けた。


「マリーベルさま、私はこの国の安泰を願っておりますの。

失礼ながら、マリーベルさまは、この国のことをどれくらいご存知かしら?

隣国のことや我々貴族や国民達のこと、それぞれの関係性のことやその他政治に関してなども。

将来、王妃様となられ、アーサーさまと共にこの国を支えていく覚悟をお持ちかしら?

私個人としては、今日実際にお会いしてみて、とても可愛らしい方だと思いましたわ。ですが….
 
失礼ながらマリーベルさまは、とても次期王妃さまの器に思えませんわ。

大変な失礼を承知で申し上げております。

私、自分の発言に責任を持つ覚悟はできております。

短時間しかお会いしてない私が判断することではない、ということも承知の上です。


私も幼い頃より、王太子妃となるべく、教育を受けて参りました。



アーサーさまの婚約者に相応しいのは、あなたと私、どちらかしら?


よく、お考えになってくださいませ。

本日は、これで失礼しますわ。

それでは、マリーベルさま、ご機嫌よう」

怒涛の如く話終え優雅に一礼した後、ミシェルは持ってきた道具類を手際よく手に持つと、立ち去った。



あまりにも早口で言われたこともあり、頭の中で言葉の意味を理解するのが追いつかない。

マリーベルは半ば放心状態となっていた。

なんとか気持ちを立て直すと、マリーベルも自分の部屋へ戻るために廊下へとでる。

無意識にニコライ様の姿を探す。

もしかしたら扉の前にいるのではないかと、期待して。

けれど、そこにニコライ様のお姿はなかった。

護衛と共に歩き出す。

ミシェルさまに言われた事が、頭の中を占めていく。

婚約者としてふさわしいのは、どちらか?

━━ミシェルさまは、アーサー様をお慕いしているのだわ。
 

旧知の仲のお二人。


アーサーさまには、いつもお叱りを受けるわ。

怒鳴られてばかりで……。

あまりにも不出来な私のせいで、お2人が会う時間を減らしているだわ。

まるでアーサー様が、私のことを想っているような勘違いをされていた。


あの眉間にシワを寄せたアーサー様と私のお茶会の様子を見たら、誤解だとすぐに分かるでしょうに。


ミシェルさまに……嫉妬されたのだわ。


アーサー様とミシェル様。
2人が立ち並ぶ姿を想像すると、とてもお似合いな気がした。

あぁ、そうだったのね。なんだかほっとしたわ。
 
アーサー様はどうして私へあんな態度を取るのかずっと疑問だったけれど、想いを寄せる方がいらしたなら当然のことね。

あっ! もしかして……

お父様が画策したことなのではないかしら。

両親は私がアーサー様と結婚することが幸せだと思い込んでいるし。

なんてこと……


これでは、二人を引き裂く私は、噂通り悪女になってしまう。

アーサー様とミシェル様の恋を、私なんかが邪魔してはいけないわ。

ミシェル様は素敵な方。

私なんか刺繍まで教えてくれて。

お友達になってくださらないかしら。

私はミシェル様のお力になりたいわ。

ニコライ様の妹様でもあるし。

アーサー様とお話する必要があるわ!

心より、応援しています、と。

父が何か言ったのであれば、反故にして大丈夫だとお伝えしなければ。








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