婚約者候補は辞退させてくださいませっ!

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✳︎✳︎✳︎

「ねぇ、ちょっとそこのあなた」
「ちょっと聞こえないの?マリーベルさま!」

マリーベルはいまだ火照った頬を隠すように、手を頬に添えて、声のした方を向く。

頭からすっぽりとフード付きのローブを身に纏った人物が二人、マリーベルを呼んでいる。

一人はローブのすきまから素足がちらちらと垣間見える。

綺麗な御御足が……女性の方なのですね。
何だか目のやり場に困ります。

どなたでしょう?私のことをご存知のようですが……
それに二人の数歩後ろには数名の男性が控えている。護衛でしょうか。


マリーベルは警戒しつつも、二人の近くまで歩いて行く。

「ねぇ、レイチェル様。マリーベルさまとお話したことはありまして?」

「いいえ、数えきれないほどの噂話なら吹聴したけれど、本人と話したことはないわ。いつもチヤホヤ侍女に囲まれていることが多いじゃない? でも、あの子、なんか少し雰囲気が変わったわね。一人でいるなんて意外だわ。ジャクリーン様、手荒なことはしたくないわ。」

「レイチェル様、その事に関しては私も同じ意見ですわ。全くお父様達は何を考えているのか……まぁ、でも騙しやすそうね、案外簡単かも。」

ふふふと二人は意味深な笑みを漏らす。


「あ、あの、もしかしてレイチェルさまとジャクリーン様でしょうか?」

マリーベルは、二人が呼び合っていた名前から推測して問いかける。

違うかしら?

「はぁ⁉︎」
「ジャクリーン様、取り乱さないの」

「先程、お名前が聞こえてきて…もしも違っていたらごめんなさい」

「いいえ、あっているわ。ごきげんよう、マリーベルさま。私はレイチェル・ポーター、こちらはジャクリーン・ロブソン。少しあなたと話したいことがあって、一緒にお茶でもいかが?行きつけのお店に招待するわ」



拒否されたら強硬手段に出るしかないと考えている二人の予想に反して、マリーベルは嬉々として二人に近づいてくる。


「は、お、お初にお目にかかります。マリーベル・マーティンです。あの、お二人にお会いしたいと思っていました!」

二人はマリーベルの悪評を撒いたことを糾弾されると思い、警戒する。

マリーベルは二人の手をそれぞれぎゅうっと交互に握りしめる。

「あの、私、恥ずかしながら友達もおりませんし、社交活動もしたことなくて……お二人にどうやってお会いしたらよいものか悩んでおりました。邸の前でじっと待とうかとも……」


「あなたね、ストーカーじゃあるまいし、お止めなさい。手紙を出せばすむことじゃないの」

「まぁ、そうでしたの。教えていただきありがとうございます!ジャクリーン様。」

マリーベルは心底嬉しそうに微笑み礼を述べる。

「な、なんでもないことよ。調子が狂うわね……あなた、そんな感じで今までどうやってきたの?そんな感じでは、すぐに陥れられるわよ。って、私が言えたものではないけど……」


ジャクリーンはバツが悪くなり口籠る。

「申し訳ありませんでした‼︎」

マリーベルは二人に向かい深々と頭を下げる。

何に対する謝罪なのか分からず、二人は顔を見合わせた。


「女神像が……実は、撤去されていまいまして……お二人には多大なご寄付を頂いていましたのに……守れなくて本当に申し訳ありません!」

マリーベルは再度頭をさげる。

「女神像?あぁ、そういえば神官長が捕まったそうね。押収されたと聞いた覚えがあるわ。そんなこと過ぎたことよ。なくなって清々したわ。神官長が拘束されたのよ、あの神官長の時に寄付したことは知られたくないわ。家名に傷がつく。ねぇ、ジャクリーン様?」

「あのね、社交界の流行の移り変わりは早いの。もう、女神像のことなんて誰も気にもしないわ。というか、なぜマリーベル様が謝るのよ」

「そ、それは……」


マリーベルはボボボっと顔を赤らめて俯きながら答える。

「実は、その……私も神殿に勤めようと思っていまして……というか勤めているといいますか。それで、そのっ、ニコライ様の代わりと言うのは烏滸がましいですが、ニコライ様も心を痛めていると思いまして、私がお二人に謝りたいと思っていまして……」


「レイチェル様、この子、天然なのでしょうか? なんだか、私、かわいく見えてきましたわ。」


「コホン、ジャクリーン様、目的を忘れてはいけませんわ。ニコライ?あ、あぁ新しい神官長ね。確か、彼は…庶子だったはず。随分と出世したものね。あなた、まさか、彼のことが好きなの?まさかねぇ?」


「はぁ?レイチェル様、さすがにそれはないでしょう。いくらマリーベル様でもご自分の立場ぐらいはご存知でしょう?あなた、アーサー様の婚約者候補ですわよね?」


「それはっ!私は、ずっと辞退を申しでているのですっ。でも、アーサー様が……それにアーサー様には心に決めたお方がいるのです」


「は、どういうこと?」

二人は本来の目的を忘れて、マリーベルに問い詰める。

「オホン」と後ろの護衛が咳払いをすると二人は、ハッと我にかえる。

「とりあえず、続きはお茶でも飲みながら話しましょう、ね、マリーベル様。馬車を用意してあります。さ、さぁ」

ジャクリーンとレイチェルに挟まれて、マリーベルは「少しだけなら」とついて行く。


「その前にニコライ様に相談してきます」

と伝えたものの、私達が伝言しておきます。と護衛に言われて、マリーベルは急かされるように馬車へと誘導された。

馬車へ乗り込むとマリーベルは、口元に布を押し当てられて、プツリと意識が途絶えてしまった。
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