婚約者候補は辞退させてくださいませっ!

5

「はぁ。

感謝、思いやり、愛情、
感謝、思いやり、愛情」


馬車の中で、
アーサー様から言われた言葉を、心の中で復唱していた。

『はぁ』

「どうなさったのですか?お嬢様」

「アーサー殿下に何か言われたのですか?」

『えぇ…まぁ。いつものことなのだけど。
感謝、思いやり、愛情」

「お嬢様?」

「先程から何かつぶやかれてますけど、呪文か何かですか?」

『えっ? もしかして声に出てたかしら?』

「はい、お嬢様。随分とお疲れのご様子ですが」

「私達でお力になれますか?」

『ありがとう。アン、エレナ』

アンは小さな頃から私の身の回りの世話をしてくれる侍女で、第二の母のような存在だ。

エレナは、勉強に苦戦している私の代わりに学習をしている、私の頭脳(ブレーン)だ。

「実はね、
周囲へ感謝の気持ちを表したいのだけれど、
どうしたらいいのかしら?」

「まぁ、お嬢様、なんとお優しい!」

「えっ、ちがうのよ、アン。実はアーサー様からご指摘を受けたの。
私、甘やかされて育った自覚はあるのよ、だから、周囲への感謝が足りないのよ。」
「お嬢様、でしたら、私が何とかいたします。」

「えっ? だめよエレナ。
エレナには、いつも色々と迷惑をかけてるわね。私が何も出来ないばかりに…苦労をかけるわね」

「お嬢様。お嬢様は、お元気にお過ごしくださるだけでよいのです。お嬢様の存在が私の幸せなのです! 
ですから、どうぞこの私にお任せください」

まるで女神を崇めるように、キラキラと目を輝かせながら声高々にエレナは胸を張って答える。
そんなエレナからの視線が眩しい。

『いつもありがとう、エレナ。
でもね、このままじゃダメだと思うの。

やっぱり、自分で行動を起こさないと。

エレナ、私を助けると思って、何かアドバイスをくれないかしら?

アンも何か思いついたことがあれば、教えてほしいわ』


「お嬢様…」

エレナは寂しそうな顔をしていた。


「いつも甘えてごめんね、エレナ。」

「そういうことでしたら、全力でご協力させていただきます。感謝の気持ち……そうですねぇ」

『あなた達はどういう風に感謝を表現しているの? 
ごめんなさい、漠然としているわね。

私も、アーサー様が何を望んでいるのか、よく分からなくて……」


「そうですね、私は豊穣の女神様にいつも感謝の祈りを捧げております。」

「アンさん、それですわ!」

「エレナ?」
 
「お嬢様、神殿に行かれるのはどうでしょう?」

『神殿へ? 神殿ならつい先日も行ったわ』

「いえ、通常の祈りを捧げに行くことではないのです。
お嬢様は、神殿ではお仕事を体験することができるのはご存知でしょうか?」

『いいえ、初めて知ったわ。その体験というのはは、私でもできるの?』

「はい。神殿は身分など関係ありませんから。」

「そうだったわね。でも仕事を体験することで、感謝を表現できるかしら?」

「神殿では、女神様へ感謝の祈りを捧げることが大前提ですので。

奉仕活動も行ったりするそうです。

俗世と離れた生活を送ることで、自己修練を積めるそうです。

神殿のお仕事体験というか、修行とも呼ばれています。その体験を終えたものは、一目置かれるので、花嫁修行などにも人気のようです。」


『そうなのね。自己修練?

なるほど、いわゆる修行なのね。

うん、いいかもしれないわ。

ありがとう!

さっそく帰ったらすぐにでもお父様に相談してみるわ』

「お嬢様、神殿での生活は、身の回りのことは全て自分でしなければなりません。

心配ですので、私もお供いたします!」

「私も!」

『ありがとう。アン、エレナ。無理しなくていいのよ。まずはお父様に相談してからね。』

神殿、いいかもしれない。

何より神殿には権力が及ばない。

しばらく滞在することになれば、気が重いお茶会にも行かなくて済むかもしれない。

お父様の許可がでるといいのだけど。
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