狐の婿殿と鬼嫁様
第一話 霊媒の姉、狐の彼
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狐の嫁入りというのはよく聞くが、婿入りしたり人間が「狐への嫁入り」することだってあるのだとうか。超能力者(エスパー)やら新人類(ミュータント)が希少とはいえ、ごく普通に存在しているような世の中なのだから。
私(鈴村佳蓮)の婚約者は「狐」の青(あお)だ。青に名字がないのは、政府機関の手で人工的に魔術と遺伝子操作で作られた「人造エリート」で、一種のミュータント新人類(の第二世代)だからだ。表向きには敵対的な新人類やエスパー(または敵性宇宙人など)、暗には他国に対抗するために、どこの国でもなされている試みで生まれた。
特に怖いと思わないのは、第一に幼なじみだったし、子ども時代に十年くらい居候していて元から家族みたいな間柄だからだ(遺伝子ベースの血筋的にも遠縁の親戚でもあるらしい)。青にとって、私の両親はほとんど最初から義父や義母(または親戚のおじさん・おばさん)も同然なのである。
目的は「情操教育」で、彼に普通の家庭の雰囲気や人間との情緒関係を養わせるため(実験動物や道具扱いし過ぎて、あまりに非人間的な性格になれば危険なだけで自他共に有害だという、政府の研究機関の賢明な思慮だったらしい)。それで私たちは小学校時代を通して同い年の兄妹(姉弟)のようにして育った。
「このままずっとうちの家でいるだろう」
漠然とそんなふうに思っていたのに、中学校に上がった夏に、急に出ていってしまった。年齢的に特殊な訓練を受ける時期でもあったそうだ。父母は知っていたらしく、「何故?」と聞くと「男の子と女の子だから」なんて言う。元から「一時の居候」の予定だったし、どうも私が異性であることでも気遣って「頃合い」との判断らしかった。そんなこと、私は一言も聞いていない。
それでも、青はときどきは訪ねてきたし、年賀状や暑中見舞いの葉書のやりとりもあった。義理なのか本命なのか自分でもわからないままにバレンタインのチョコレートもあげたし(私があげたのは彼と父や親戚くらいだ)、ひな祭り(女の子たちと親たちからすれば将来の結婚相手のツテをつくるイベント)やクリスマスにはもちろん招いた(そうでなければ一緒に初詣だ)。
でも、およそ十年も一緒に暮らしていたのに「こいつのことを何も知らなかった」と思い知らされたし(彼の事情については父さん母さんの方がわかっていたはず)、漠然と青を「自分の(家の)もの」と思っていたのを否定された気がした。いつぞや父が「そのうちに青君も嫁さんや子供でも連れて遊びにくるかも。お前らと別に息子と孫がいるようなもんだ」などと心ない冗談を言ったときには、私は「鬼のような不機嫌な顔」になっていたらしい。
されど、直接に青本人には聞きづらいし言いにくい(直に顔を合わせる機会は少なくなっていたし、たまに会うときも二人きりになる時間はあまりなくてどうしても緊張してしまって上手く口にできない)。まだ中学校では恋愛はともかく結婚まで真剣に意識する年齢でなかったけれど、彼の場合にはちょっと特別だから、私が知らぬ間に政府機関の方で手配して、青の将来のお相手が決まってしまってもおかしくない。
そしたら。
高校に上がって心騒ぐある日に。
青が結婚だの婚約だのを、我が家に打診してきたものらしい。いつになく厳かながらどこか嬉しそうな父母から告げられて、私は胸が爆発しそうで頭の中がグチャグチャになった。真っ赤になって無意識に「私は良いよ。青は好き」と、まるで電文でも読み上げるような口調でおずおずと、飛びつくような勢いでしどろもどろだったらしい。
狐の嫁入りというのはよく聞くが、婿入りしたり人間が「狐への嫁入り」することだってあるのだとうか。超能力者(エスパー)やら新人類(ミュータント)が希少とはいえ、ごく普通に存在しているような世の中なのだから。
私(鈴村佳蓮)の婚約者は「狐」の青(あお)だ。青に名字がないのは、政府機関の手で人工的に魔術と遺伝子操作で作られた「人造エリート」で、一種のミュータント新人類(の第二世代)だからだ。表向きには敵対的な新人類やエスパー(または敵性宇宙人など)、暗には他国に対抗するために、どこの国でもなされている試みで生まれた。
特に怖いと思わないのは、第一に幼なじみだったし、子ども時代に十年くらい居候していて元から家族みたいな間柄だからだ(遺伝子ベースの血筋的にも遠縁の親戚でもあるらしい)。青にとって、私の両親はほとんど最初から義父や義母(または親戚のおじさん・おばさん)も同然なのである。
目的は「情操教育」で、彼に普通の家庭の雰囲気や人間との情緒関係を養わせるため(実験動物や道具扱いし過ぎて、あまりに非人間的な性格になれば危険なだけで自他共に有害だという、政府の研究機関の賢明な思慮だったらしい)。それで私たちは小学校時代を通して同い年の兄妹(姉弟)のようにして育った。
「このままずっとうちの家でいるだろう」
漠然とそんなふうに思っていたのに、中学校に上がった夏に、急に出ていってしまった。年齢的に特殊な訓練を受ける時期でもあったそうだ。父母は知っていたらしく、「何故?」と聞くと「男の子と女の子だから」なんて言う。元から「一時の居候」の予定だったし、どうも私が異性であることでも気遣って「頃合い」との判断らしかった。そんなこと、私は一言も聞いていない。
それでも、青はときどきは訪ねてきたし、年賀状や暑中見舞いの葉書のやりとりもあった。義理なのか本命なのか自分でもわからないままにバレンタインのチョコレートもあげたし(私があげたのは彼と父や親戚くらいだ)、ひな祭り(女の子たちと親たちからすれば将来の結婚相手のツテをつくるイベント)やクリスマスにはもちろん招いた(そうでなければ一緒に初詣だ)。
でも、およそ十年も一緒に暮らしていたのに「こいつのことを何も知らなかった」と思い知らされたし(彼の事情については父さん母さんの方がわかっていたはず)、漠然と青を「自分の(家の)もの」と思っていたのを否定された気がした。いつぞや父が「そのうちに青君も嫁さんや子供でも連れて遊びにくるかも。お前らと別に息子と孫がいるようなもんだ」などと心ない冗談を言ったときには、私は「鬼のような不機嫌な顔」になっていたらしい。
されど、直接に青本人には聞きづらいし言いにくい(直に顔を合わせる機会は少なくなっていたし、たまに会うときも二人きりになる時間はあまりなくてどうしても緊張してしまって上手く口にできない)。まだ中学校では恋愛はともかく結婚まで真剣に意識する年齢でなかったけれど、彼の場合にはちょっと特別だから、私が知らぬ間に政府機関の方で手配して、青の将来のお相手が決まってしまってもおかしくない。
そしたら。
高校に上がって心騒ぐある日に。
青が結婚だの婚約だのを、我が家に打診してきたものらしい。いつになく厳かながらどこか嬉しそうな父母から告げられて、私は胸が爆発しそうで頭の中がグチャグチャになった。真っ赤になって無意識に「私は良いよ。青は好き」と、まるで電文でも読み上げるような口調でおずおずと、飛びつくような勢いでしどろもどろだったらしい。
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