狐の婿殿と鬼嫁様

第五話 鬼の若大将の目にも涙

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 あの問題児の子鬼のワルガキ二匹、ようやく反省室から出てこれた。いわゆる「営倉入り」というやつで、一畳くらいの座敷牢で正座。食事もおにぎりと吸い物が二食だけで、一種の訓練や修養も兼ねている。
 一般の「人造ノーブルの騎士種族」は公家の英才教育や芸事・武道の家元などを模範としているとされるが、「鬼」は純粋に戦闘員の趣が強いことや気質もあってなのか、軍隊的な傾向が強い。

「よし、出ろ。お前ら反省しろよ。あのお姉ちゃんが優しくて許してとりなしてくれたからまだ良かったが、お前らのやったことは、下手したら切腹か打ち首もんだぞ?」

 あの鬼の青年セロ、この子鬼たちと夕梨花を見舞って詫びてきた若大将が、営倉の鉄格子の扉を開けてやる。
 二人の子供はシュンとなっていたし、心身ともに参っている様子だった。今度ばかりは脱走に加えて、誤って一般人を襲撃するという失態をやらかしたため、今後のことや教育的理由も兼ねて、やや長い数日間に渡った。

「おし、鬼ババアが夕食つくってるから、さっさと食っておとなしく寝ろ」

 セロは頭を平手で、叩くとも撫でるともつかぬ仕草で、ワルガキ二匹の頭に軽く気合いを入れて元の宿舎に送り返した。さすがに尊敬や信頼していたり少し恐れてもいる大人の兄ちゃんに言われて、素直に従った。ちなみに「鬼ババア」とは、セロたちには義理の大叔母などの親族でもある、皆の世話役・監督係の「妖怪ババア」のことである。
 勝手に抜け出した脱走は別として、民間人への襲撃は間違ってやったことで幸い軽傷だけであったし、子供のしたことでもある。
 ただしこれが故意にやらかした悪事であったなら刑法の傷害罪にあたるのだし(まともな軍隊だったら不祥事や命令違反で軍法会議ものだろう)、「鬼」の力で無力な民間人(しかも女性)を襲ったということになれば「より悪質」とされてもしかたがない(ヤクザが凶器使用で強盗傷害致死したり、軍人のプロフェッショナルな特殊部隊・戦闘員や格闘技選手が警棒やメリケンサックまで使って、無辜の一般人をまともな理由もなく殺戮するようなものだから)。
 セロとしてはため息するしかない。武骨な体育会系だが根は良識的な部類だったし(警察の特殊部隊員みたいなもの)、ふとしたきっかけから「魔道に堕ちた」連中も知っているだけに、二の轍は踏ませたくない。反政府勢力のギャングやらマフィアになってしまった者もいたし、そういう手合いも一人二人は殺している。人造ノーブルは反人間組織のミュータント・テロリストや一般人エスパーと同じようなものだから、ちょっとのきっかけで狂ってしまうケースもある。特に鬼は戦闘力が高くて気性が荒いところがあるから、余計に。
 鬼の、特に幼少時の「行動制限と軟禁生活」というのは「保護」でもある。善悪の判断力が不十分な小さな子供であっても、普通の人間の大人を襲って強盗殺人でも何でもできてしまう(仮にさして悪気がなくとも、自分たちの力をよくわかっていないから、間違って一般人を傷つけたり殺してしまう事故もありうる)。おまけに反政府勢力ゲリラたちからすれば、戦闘力の高い人造ノーブルのミュータントの子供を誘拐して悪い仲間に引き込むのは戦力強化に効率が良いリクルートなのだ(うまく騙してでも一緒にテロや凶悪犯罪を何度もさせてしまえば、そのまま悪の一味にできる)。
 敵や危険や自分たちを巡る情勢を考えれば、またため息が出る。

(でも鈴村ちゃん、優しいし美人だったなー)

 見舞いに行った、あの被害者の女性は同年代くらいだった(同い年か、一つ二つ年下?)。思い出すだけで気持ちがデレてくるのが自分でわかるが、天使みたいな娘だった。
 どうやら天然ものの「霊媒」エスパーであるそうだが、詳しいことはまだ知らない。あの謝罪訪問の前に口頭で聞かされた話によれば、子供時代に「狐」の男の子を家庭で養育したことがあり、その少年は妹と婚約したのだとか。
 夕梨花は自分自身が「霊媒」である上に、人造ノーブルの騎士とも関わりがあって、理解がありそうでもある。

(うーん、また会えないかなあ)

 セロだって人間だから、「美しい」という感覚はわかるが、過剰に固執したり表面に欺かれるのは愚劣とも思っている。男だから、即物的な性欲やエロ願望はわかるし、仲間内でもその手の写真や映像は回したことはある。しかし「恋愛」というのは二の次で小馬鹿にしている方だった。
 鬼の男児としてはむしろ、戦闘の実績やその面での能力の向上とか、仲間内からの評価の方がよほど大事。ファッション流行やら華美さなども、くだらないと見下している冷淡さが強い。男女関係などについても「時期をみて適当に手頃なのと結婚しておけ」とか「いざとなったら女郎屋にでも行けばいいや」くらいにしか考えていなかった。
 古くからの顔なじみで多少は打ち解けている女はいなくもないが、こうまで自分が浮つく気分になっているのは珍しい体験だった。

(鬼の恋わずらいだと? なにをバカな)

 これまでの普段にバカにしていた事が。
 はたして一時の気の迷いと笑って忘れられるか、わからなくなる。
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