狐の婿殿と鬼嫁様
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 理性的に考えた結論では、俺(セロ)が自分の選んで進んでいる道は間違っていないはずなのだ。けれども、親しかったはずの人間が正反対の方向に行って敵対や相容れない間柄であることで、全く迷いがないわけでもなかった。
 ふと背後で、知っている気配がした。

「なんだよ、ババア。ガキどもはもう寝かしつけたのか?」

「ババアって、口が悪い。お姉さんとか、せめて小母ちゃんにしろっていっつも言ってるのに」

 振り返るまでもない。
 昔からいる世話役の「鬼蜘蛛ババア」だ。
 彼女は普通の騎士種族ではなく、「蠍(サソリ)の騎士」や「蜘蛛の巫女」などと呼ばれる生体サイボーグの旧世代。古代地層から発見された宇宙甲殻類の細胞や遺伝子から製造された「義肢」を移植することで、超常の力を得た者。
 二世代も上であるくせに、その姿はまだ三十歳にもなっていないかのように若々しい。着物を着ている袖から出た、彼女の両腕は白い陶器のような「義肢」になっている。
 こんなふうでも(男運が良いのか悪いのか)三回も結婚しており、それで俺にとっても「義理の大叔母」にあたる曲者なのだ。

「ちょいと頼みがあるんだけど、次のピクニックの引率。バーベキューだし、セロも手伝ってくれへん? 狐と親睦会も兼ねとるし」

「ん? あー、いいけど」

 そのとき俺は、ババアの手回しした画策をまだ知らなかった。この地獄耳の年増(保護者のつもりでいる)は、あの一件でのことや、俺が鈴村夕梨花についてこぼした感傷を聞きつけていたらしい。
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