狐の婿殿と鬼嫁様
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お茶のあとに隣の部屋で、妹(佳蓮)と青がしばらく二人きりになっている間、姉の夕梨花は自室で聞き耳してしまっていた。
エスカレートしすぎないように目付役でもあったけれど、やっぱり興味や少しばかりの嫉妬がなかったわけでもない。
年齢差が四歳で、しかも正式な婚約者は実の妹なのだから仕方がない。必ずしも「青でなければ絶対に嫌」というわけでもない。青のことはあまり決定的な結婚相手としてまでは考えていなかったし、他に素敵な相手が見つかればそれで良い。
それでも、青が気に入っていて好きなことには違いなかったし、ちょっとくらいは期待してしまっていたところがある。まだ時間的に余裕があって、恋人ごっこくらいはしても良いかななどと思っていたところ、初手から妹と「正式な婚約」。夕梨花としても「そうあれかし」(妹の婿に)と予期していたのだけれども、思い出づくりや気を晴らす余裕が一気に失われてしまったのは手痛い。
単純に子供のときから付き合いがあって懐いていただけではなかった。青は「狐」で、天然エスパーの「霊媒」である夕梨花とは、存在や能力が似通うところがある。さほどたいしたものではないとはいえ、特殊な能力を先天的に生まれ持った夕梨花はそのことで周囲の無理解感や孤独を味わっていた(妹・両親や周りの人間が必ずしも悪いわけではないにしても)。だから、夕梨花にとっては青は理解者になれる存在で、端に居てくれるだけでもずっと精神的な救いだった。
(青は、もう佳蓮の婚約者だし)
青には「大きくなったら」、もっと色々と自分のことや悩みも聞いて欲しかったし、いっそ何回かデートやキスくらいまではして貰っても良かったかもしれない。でも、もう決まってしまったのだから、そんなことをする余裕はないだろう。たとえ何かがあって辛かったとしても、自分が素の女になって、青に「男」として甘えたり泣きつくわけにはいかないのだ。
さっきも妹が青に親密なプロレスごっこするのを見ていて、つい自分もふざけてやってやろうかと、本気で迷ってしまった。幸福でありながら閉塞感や孤独感が募ってきてやるせない。
まさか妹と争奪戦をやるわけにもいかない。
(もしも青の相手が他の女だったら、どうだったかな? それか同い年くらいだったり自分が年下だったら、どうだっただろ?)
それだったら、もしかしたら修羅場にでもなっただろうか?
夕梨花はため息して、隣の部屋から聞こえてくる楽しげな会話に耳をすます。様子からすると、普通にお喋りしているだけのようだった。主に佳蓮が学校でのことやら部活や友人のことやらを上機嫌で話している。
それでも、しばらく静かになったときにはドキリとしてしまった。様子を見に行くべきなのかどうかで、激しい葛藤の数秒後に、ドアが開く音。
「お姉ちゃん青君がそろそろ帰るって!」
直後のノックと元気のいい声でドキリとした。
妙に後ろめたいような気持ちで、やっとこさの取り繕った笑顔で表に出て、二人で彼を見送る。
「そうだ、私はコンビニと本屋に行くから。佳蓮は青君を駅まで送ってあげたら?」
横で幸せそうな妹の頬をつねってやりたい衝動を抑えつつ、なんだか一人になりたくて自分も家を出た。一緒に行こうと無邪気な妹に誘われたって、今は気が重い。自由放任したところで、青の性格なら無茶まではしないだろう。
お茶のあとに隣の部屋で、妹(佳蓮)と青がしばらく二人きりになっている間、姉の夕梨花は自室で聞き耳してしまっていた。
エスカレートしすぎないように目付役でもあったけれど、やっぱり興味や少しばかりの嫉妬がなかったわけでもない。
年齢差が四歳で、しかも正式な婚約者は実の妹なのだから仕方がない。必ずしも「青でなければ絶対に嫌」というわけでもない。青のことはあまり決定的な結婚相手としてまでは考えていなかったし、他に素敵な相手が見つかればそれで良い。
それでも、青が気に入っていて好きなことには違いなかったし、ちょっとくらいは期待してしまっていたところがある。まだ時間的に余裕があって、恋人ごっこくらいはしても良いかななどと思っていたところ、初手から妹と「正式な婚約」。夕梨花としても「そうあれかし」(妹の婿に)と予期していたのだけれども、思い出づくりや気を晴らす余裕が一気に失われてしまったのは手痛い。
単純に子供のときから付き合いがあって懐いていただけではなかった。青は「狐」で、天然エスパーの「霊媒」である夕梨花とは、存在や能力が似通うところがある。さほどたいしたものではないとはいえ、特殊な能力を先天的に生まれ持った夕梨花はそのことで周囲の無理解感や孤独を味わっていた(妹・両親や周りの人間が必ずしも悪いわけではないにしても)。だから、夕梨花にとっては青は理解者になれる存在で、端に居てくれるだけでもずっと精神的な救いだった。
(青は、もう佳蓮の婚約者だし)
青には「大きくなったら」、もっと色々と自分のことや悩みも聞いて欲しかったし、いっそ何回かデートやキスくらいまではして貰っても良かったかもしれない。でも、もう決まってしまったのだから、そんなことをする余裕はないだろう。たとえ何かがあって辛かったとしても、自分が素の女になって、青に「男」として甘えたり泣きつくわけにはいかないのだ。
さっきも妹が青に親密なプロレスごっこするのを見ていて、つい自分もふざけてやってやろうかと、本気で迷ってしまった。幸福でありながら閉塞感や孤独感が募ってきてやるせない。
まさか妹と争奪戦をやるわけにもいかない。
(もしも青の相手が他の女だったら、どうだったかな? それか同い年くらいだったり自分が年下だったら、どうだっただろ?)
それだったら、もしかしたら修羅場にでもなっただろうか?
夕梨花はため息して、隣の部屋から聞こえてくる楽しげな会話に耳をすます。様子からすると、普通にお喋りしているだけのようだった。主に佳蓮が学校でのことやら部活や友人のことやらを上機嫌で話している。
それでも、しばらく静かになったときにはドキリとしてしまった。様子を見に行くべきなのかどうかで、激しい葛藤の数秒後に、ドアが開く音。
「お姉ちゃん青君がそろそろ帰るって!」
直後のノックと元気のいい声でドキリとした。
妙に後ろめたいような気持ちで、やっとこさの取り繕った笑顔で表に出て、二人で彼を見送る。
「そうだ、私はコンビニと本屋に行くから。佳蓮は青君を駅まで送ってあげたら?」
横で幸せそうな妹の頬をつねってやりたい衝動を抑えつつ、なんだか一人になりたくて自分も家を出た。一緒に行こうと無邪気な妹に誘われたって、今は気が重い。自由放任したところで、青の性格なら無茶まではしないだろう。