狐の婿殿と鬼嫁様

第三話 迷走姉妹と生贄の婿殿(1)

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 予想外のことが起こったのは、姉(夕梨花)が三日間ほど病院にいて、退院して自宅に戻ろうとした最後の日のことだった。
 もともとが「入院」とは言っても、たいした怪我をしていたわけではない。念のための検査やら、アクシデントの精神的ショックから落ち着くための時間と、もしも再びに襲われた場合のために「保護」されていたに近いだろう。
 退院が決まったのは、事件の原因や犯人がわかって一応は解決して、ひとまずは危険がないと判断されたからだ。政府の管轄機関で養成されていた人造のエリート・ミュータントである「鬼」の子供が冒険心から迷い出して、夕梨花のサイキック能力を敵だと間違って攻撃したらしい。
 まず電話や役人・機関関係者の訪問で病院側に連絡があった。それから同じ鬼の兄貴分である青年が犯人の子供二人を連れて「お詫び」にきたものらしい。

「あの子たち、勝手に抜け出して悪戯したって、あとでこっぴどく叱られたそうだわ。ついてきてくれたお兄ちゃん役の若い鬼の人も、すっごく悪そうに平謝りで。だから「もういいよ、良い子にしなさい」って、頼まれた書類にも書いてあげたの」

「そうだったんだ」

 どことなく浮き浮きして、説明を続ける姉。

「私がナーバスな気分だったせいで、凄い陰気臭いオーラ出してたんだって。それでてっきり「悪いミュータントのエスパー」だと思って、勇気を出して攻撃したんだそうよ」

 ナーバスな気分?
 あんなに楽しいお茶のあとで?
 私(佳蓮)としては、ちょっと意表を突かれた気がしていた。あの日に自分は青とデートで、はじめてキスまでして舞い上がっていた。両親も、育て子で娘の婚約者になった青の訪問を喜んでくれていたし、姉も青と会って楽しげだったのに。
 それなのに、姉の夕梨花はその直後に一人になってから、そんなにも沈んだ気持ちになっていたのだろうか。察しなかった自分も不覚ではあるが、わけがわからない。

「お姉ちゃん、何か悩みでもあったの?」

 見つめると、姉は気まずそうに私から目を逸らして、しばし黙り込んだ。何か言いづらいことでもあるらしかった。あまり無理に喋らせるのは気が引けたが、心配や興味もある。
 ややあって姉は、おずおずと白状するみたいな口調で言った。

「うーんと、あんたが青と仲良くしてるのはいいんだけど。私ってまだ婚約どころか彼もいないから」

「あー、うーん?」

 盲点ではあったが、わからなくもない。
 妹の私よりも「嫁ぎ遅れ」そうな事での不安や不満もあるのだろう。
 けれども、姉が私にやきもちするというのがビックリだった。容姿では大差なく、むしろ姉の方がおっとりした性格や雰囲気で男性には好まれるだろうから、青でなくても良い相手はいくらでも見つかりそうなものだ。部活や運動では自分の方が優秀で活発かもしれないが、成績は姉の方が上で、よく勉強を教えて貰ってもいた。しかも「天然エスパーの先天的サイキック」だから、その面では特別で選ばれた人間と言えなくもないだろう(普通の凡人の私からすれば神秘ですらある)。
 一口に言えば「完璧な姉」である夕梨花が、自分と青ごときを見て、比較して落ち込んだりするというのが小さな驚きでもあった。

「お姉ちゃんだったら、いくらでも良い彼氏や結婚相手なんか、すぐに見つかるよ」

 軽い気持ちで慰め励ますと、姉はわずかに険のある怒気を含んだ眼差しになって、すぐに目を逸らして片手で額を押さえた。姉はたぶん今、すごく機嫌が悪くなっただろうと経験的にわかる。よく「霊媒」サイキックの能力や感性を理解されないときに示すような苦悩の様子が見てとれた(周囲の無能力の凡人という意味で、実の妹の私ですらそういう不興の例外ではない)。
 姉は感情を沈め抑えた調子で言った。

「本当にそう思う? 私は普通の「良い男の人」ってだけでは無理なのよ。こんな変なエスパーの力の面倒さやものの見方なんか、わかってくれるのって青君くらいだもの」

 そうだった。
 それが、私にとっても青との関係で、姉にコンプレックスだったところでもある。
 もしも、もう少しだけ私たち姉妹の年齢が違っていたとしたら(たとえばあと三歳か四歳くらい私たちが生まれるのが遅ければ)、青が求婚したのは私ではなく姉の方だっただろう。もしそうなっていたとしたら、私は平静でいられただろうか? きっと全てを奪われたような気がして、劣等感を抱いたり、悪くもない姉のことを恨んだり妬んだりして鬱屈としたかもしれない。
 だから、私も頭をない知恵を絞って、できるだけ言葉や言い方を選んだ。

「青君も、お姉ちゃんのことは好きみたいだよ」

「そう。「お姉ちゃん」として。そのことはすごく嬉しいと思ってる」

 夕梨花は遠い目をして、窓の外を見やる。
 おそらく姉としても、なじんで気に入った年下の男の子から姉貴分として慕われれば、悪い気はしないだろう。しかし恋人や配偶者として求められるのとは別次元でもある。たとえ四歳年上であったとしても、私(佳蓮)が居なかったとしたら、青が言い寄ったのは姉だったかもしれない。
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