狐の婿殿と鬼嫁様
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 私は姉の胸中をようやく理解して、いたたまれなくなってくる。私の存在と幸福が、姉に喪失感と苦痛を与えているのだとしたら。
 そして、ちょっとだけ姉に恐怖を感じた。
 これまでの人生や生活で、私にとって姉の夕梨花はあくまでも「お姉ちゃん」で、ほとんど絶対的な信頼の対象だった。けれどもそれは家族の中での役割や関係性とペルソナ(演劇の仮面)でしかないだろう。こうまで「生の女」として強く意識させられるのは生まれてはじめてだった。

(お姉ちゃん、そんなに青のことを男の子に見て意識してたんだ? てっきり「弟」で子ども扱いしてるのだと思ってた)

 私自身が今の姉の立場だったら冷静でいられたかどうかはかなり怪しい。結婚相手の選択なんて、女の人生の一大事だからだ。おまけに私は事と次第では嫉妬深く執念深く、とても狭量だろうと自分でも思うが、姉だって同じ両親の娘だから根っこの性格は相似ているかもしれない(そこが一番に怖いとことだ!)。
 ちょっと違えば姉・夕梨花が(青を巡って)競合者やライバルになりえたことは、考えるだけで空恐ろしい。美人で賢くておとなびた性格でおまけにサイキックでもあるから、恐るべき強敵だっただろう。そうなっていたならば、私(佳蓮)だって今のように余裕はなく、泣き落としでも色仕掛けでも手段を選ばなかったかもしれない。

「でも、あいつ(青)って、お姉ちゃんのことも意識はしてて傍にはいたいみたいだよ。潜在的には二股なのかも。一緒にいるとデートや恋人ごっこしてる気分らしいし」

「あら! そうなの! 青君も、とり澄ました顔してなかなかアグレッシブねえ」

 場合によっては「つまみ食い」くらいは許しても良いかもしれない。ただし青にはちゃんと責任をとらせるし、たぶん青本人も喜んでそうすることだろう。そのことが漠然と恨めしくもあって、次に青に会ったらもっと激しいプロレス技でもかけてやりたくなってくる。

「今度会ったら、青のこと〆とく。エビ責め固めでも喰らわせてお仕置きしとく。お姉ちゃんも、電気アンマでもしてやったら? あいつは泣いて喜ぶかもね」

「うーん、もう子どもじゃないからなんだか遠慮しちゃう。それに男の子のって、ちょっとぶつけたりしただけでものすごく痛いんでしょ?」

「うん、今度に試しておく。死んだり怪我しないように加減はするけど。お姉ちゃんは慰めておっぱいでも吸わせてやったら? いつだったかお姉ちゃんの裸お風呂で見たのが、まだ忘れられないっぽいよ」

「え、そうなの! てっきりとっくに忘れたと思ってたけど。あのとき、あんなになってたもんねえ。そんなに感慨深かったのかしら?」

 どうやら姉もあの椿事を覚えていたらしい。
 私たち姉妹に、人生初の「男児の謁見・品定め」させて記憶に留めて貰えたんだから、青には男冥利で感涙で感謝しておけと思う。次に青に会ったときに小声でささやいて、うろたえた反応を観察してやろう。もちろん姉とのおしゃべりの肴にしてやるつもりだ。
 それでも、そんなこんなで私も姉もほっとしていたのは事実だろう。
 まだ仲の良い姉妹同士だったから、こうしてお互いを気遣ったり打ち解けた愚痴やノロケで穏やかに済んでいるけれども、余所のどこの馬の骨ともしれない女だったら、敵愾心を剥き出しにして引っ掻きあいにでもなっていておかしくない。それに姉は心根が優しいし、年上なことでも私や青に気遣っているところがあるから、こうして言いたいことや愚痴を少しでも喋って気持ちが晴れてくれたなら、その方が良い。
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