お飾り妻のはずが、冷徹社長は離婚する気がないようです

 振り返ったきっと、すぐそばに藍斗さんがいるに違いない。

 耳もとでささやかれたのかと思うほど声が近くて、一気に顔の熱が増した。

「どこかぶつけたか? 擦ったのか?」

「わ、わからない……」

 こんなことなら、マナー違反だと言われても気にせずタオルを持ち込むべきだった。

 せめて布一枚でも隔たりがあれば、ここまで動揺せずに済んだはずだ。

「……のぼせたのか?」

 早く離れてくれればいいのに、まだ声が近い。

 それどころか、不意に耳に藍斗さんの指が触れた。

「んっ」

 自分でも嫌になるくらい敏感に反応してしまい、咄嗟に振り返ってしまう。

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