お飾り妻のはずが、冷徹社長は離婚する気がないようです
 耳に触れられた時と同様、普段は絶対出さない甘えた声がこぼれる。

 彼の手はひどく熱かった。

 それが移ったのか、私の身体まで熱を持ち始める。

「触らないで……」

「……前は触ってと言っていたくせにな」

 藍斗さんが微かに眉根を寄せ、なにかを堪えた表情で私から手を離す。

 自分から触るなと言ったくせに名残り惜しくなって、咄嗟にその手を掴んでいた。

「おい」

「私だってわからないよ……」

 私よりもずっと大きな手は骨張っていて、腕には血管が浮いている。

 かつて何度もこの手に抱き締められ、甘やかされ、安心感を与えてもらった。

 今はこの手こそが私を不安にしている。

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