魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です
第一話 離宮の王女
「見て見て!エブリンっ!公爵様がいらっしゃったわ!」
「あまり身を乗り出さないでください。危ないですので」
「分かっているわ。でもこの場所が一番よく見えるんだもの」
雪解けの季節。柔らかな日差しが差し込む昼下がり。
二日に一度の楽しみを前に、目を輝かせる私をやれやれまた始まったかと呆れた顔で宥めるのは、侍女のエブリンである。
自室のテラスの手すりに捕まりながら、私は興奮した眼差しで目的の人物を見つめる。
「見て見て!今日は雷魔法かしら?大地を揺るがすほどの威力…天を穿つ稲光…はぁ、相変わらずの魔法の腕よね」
「公爵様は魔法騎士団を率いるお方ですからね。この国随一の魔法の腕をお持ちです」
「もちろん知ってるわよ。ああ、あれほど自由に魔法が使えたら…さぞかし気持ちがいいでしょうね」
離宮の敷地内に併設された訓練場で、いつものように淡々と魔法を放つ姿をうっとりと見つめながらボソリと呟いた言葉。その言葉にエブリンが悲しげに眉尻を下げたので、私は慌てて両手を振って弁明する。
「勘違いしないで!別に魔法が使えないことを憂いてるわけではないわ。純粋な憧れよ」
「……さようですか」
エブリンは小さく首を傾げて口元に笑みを浮かべてくれる。けれど、その眼差しには隠しきれない同情の色が滲んでいた。
――マルセイユ王国の王都の外れ、そこには控えめながら立派な離宮が建てられていた。
その離宮の主人は私、ソフィア・ルイ・マルセイユ。
この国の第三王女である。
とある理由により、八歳の頃から離宮で暮らし始めてもう十年。私はつい先日、十八歳になった。
本来ならば華々しくデビュタントを迎え、婚約者の男性の手を取り、煌びやかな会場でダンスを踊る年頃。
でも、そんなものは私には縁のないこと。父である国王の許可なくこの離宮から出ることは許されていない。まるで鳥籠の中の鳥。
きっといつか、国の利益となる相手に嫁がされるその日まで、私はここから出ることは叶わないのだろう。どこにでも嫁いでいけるよう、最低限の教育を受け、読書に勤しみ、園芸や手芸を楽しむ毎日。
離宮はさほど広くはないけれど、私と数少ない使用人が暮らすには十分過ぎた。
私はここで十年も同じような毎日を過ごしている。両親や姉たちともこの十年間顔を合わせてはいない。
でも、そのことを悲しいとは思っていない。
毎日『無能だ』『出来損ないだ』と虐げられる日々に比べると、ここの暮らしはずっと平穏だもの。侍女のエブリンや護衛騎士のジェイルを始めとして、この離宮のみんなはとても温かくて優しい。私にとっては彼らが本当の家族のような存在だから。
だけど、もっと広い世界を見たい、この離宮から出て王国中を見てみたいという欲求は年々膨らむばかりで、各地から本を取り寄せてもらってはその地に思いを馳せている。
閉鎖的な毎日の中、私の一番の楽しみが、二日に一度訪れるイリアム・ラインザック公爵様の魔法訓練だった。
ラインザック公爵様は、魔法が尊ばれるこの国で一番の魔法の使い手。ご両親が早くに身罷られ、既に公爵位を引き継いでいる。その実力は大陸でも随一と呼ばれるほどで、十代の頃から魔法騎士団の団長を務めておられる。まごうことなきエリートさんね。
魔法が使えない私からすれば雲の上の存在で、憧れの対象。あれほど自在に魔法を操れたらどれほど楽しいのだろうか。想像を巡らせても、私には決して分からないことだけど。
王城にも立派な訓練場があるのに、ラインザック公爵様は二日に一度の高い頻度で王都の離れのこの場所までやって来ては、思う存分魔法を行使している。王都の中心からはかなり遠い場所なのに、どうしてなのかしら?
王城は人が多過ぎて全力を出せないから?と推測しているけれど、あながち間違いではないと思う。
公爵様はすべての属性の魔法を操り、その日によって使う魔法も様々だった。魔法の威力も凄まじく、対人で使うにはあまりにも危険に思える。
魔力を纏った公爵様からは僅かに光が溢れていて、その手から多彩な魔法を生み出す。その姿は私には神々しくて、たまに直視できないほどに眩しく見える。
訓練場はちょうど私の部屋から見える位置にあるので、その神々しいお姿をよく観察することができた。
常識離れした魔法の数々を度々目にするこの環境で、魔法を使えない私が彼に夢中になるのも仕方がないと思わない?
公爵様は一通り魔法を使うと、満足したように訓練場を後にする。長い日でも一時間ほどの滞在時間である。
「あーあ、もう終わっちゃったわ」
今日は三十分ほどで訓練が終わったらしく、公爵様は天に掲げていた手を下ろしてしまった。大抵それが訓練終了の合図なので、私は落胆のため肩を落とした。
「えっ!?」
つまらないの、と視線を外しかけたその時、凛と佇む公爵様の身体が傾いた。あっと思った時には、その逞しい体躯がぐしゃりと地に伏してしまった。
慌てて手すりを掴んで身を乗り出した私の手をエブリンが焦った様子で引いてくるけれど、それどころじゃないわ!
「ソフィア様!危ないですっ」
「エブリン!行くわよ!ジェイルもっ!」
「ちょっ、ソフィア様っ!?」
「わっ!どうしたんだ?って、おい!」
バンっと勢いよく扉を開けた私は、エブリンと、扉の外に控えていた護衛騎士のジェイルの手を引いて駆け出した。
「あまり身を乗り出さないでください。危ないですので」
「分かっているわ。でもこの場所が一番よく見えるんだもの」
雪解けの季節。柔らかな日差しが差し込む昼下がり。
二日に一度の楽しみを前に、目を輝かせる私をやれやれまた始まったかと呆れた顔で宥めるのは、侍女のエブリンである。
自室のテラスの手すりに捕まりながら、私は興奮した眼差しで目的の人物を見つめる。
「見て見て!今日は雷魔法かしら?大地を揺るがすほどの威力…天を穿つ稲光…はぁ、相変わらずの魔法の腕よね」
「公爵様は魔法騎士団を率いるお方ですからね。この国随一の魔法の腕をお持ちです」
「もちろん知ってるわよ。ああ、あれほど自由に魔法が使えたら…さぞかし気持ちがいいでしょうね」
離宮の敷地内に併設された訓練場で、いつものように淡々と魔法を放つ姿をうっとりと見つめながらボソリと呟いた言葉。その言葉にエブリンが悲しげに眉尻を下げたので、私は慌てて両手を振って弁明する。
「勘違いしないで!別に魔法が使えないことを憂いてるわけではないわ。純粋な憧れよ」
「……さようですか」
エブリンは小さく首を傾げて口元に笑みを浮かべてくれる。けれど、その眼差しには隠しきれない同情の色が滲んでいた。
――マルセイユ王国の王都の外れ、そこには控えめながら立派な離宮が建てられていた。
その離宮の主人は私、ソフィア・ルイ・マルセイユ。
この国の第三王女である。
とある理由により、八歳の頃から離宮で暮らし始めてもう十年。私はつい先日、十八歳になった。
本来ならば華々しくデビュタントを迎え、婚約者の男性の手を取り、煌びやかな会場でダンスを踊る年頃。
でも、そんなものは私には縁のないこと。父である国王の許可なくこの離宮から出ることは許されていない。まるで鳥籠の中の鳥。
きっといつか、国の利益となる相手に嫁がされるその日まで、私はここから出ることは叶わないのだろう。どこにでも嫁いでいけるよう、最低限の教育を受け、読書に勤しみ、園芸や手芸を楽しむ毎日。
離宮はさほど広くはないけれど、私と数少ない使用人が暮らすには十分過ぎた。
私はここで十年も同じような毎日を過ごしている。両親や姉たちともこの十年間顔を合わせてはいない。
でも、そのことを悲しいとは思っていない。
毎日『無能だ』『出来損ないだ』と虐げられる日々に比べると、ここの暮らしはずっと平穏だもの。侍女のエブリンや護衛騎士のジェイルを始めとして、この離宮のみんなはとても温かくて優しい。私にとっては彼らが本当の家族のような存在だから。
だけど、もっと広い世界を見たい、この離宮から出て王国中を見てみたいという欲求は年々膨らむばかりで、各地から本を取り寄せてもらってはその地に思いを馳せている。
閉鎖的な毎日の中、私の一番の楽しみが、二日に一度訪れるイリアム・ラインザック公爵様の魔法訓練だった。
ラインザック公爵様は、魔法が尊ばれるこの国で一番の魔法の使い手。ご両親が早くに身罷られ、既に公爵位を引き継いでいる。その実力は大陸でも随一と呼ばれるほどで、十代の頃から魔法騎士団の団長を務めておられる。まごうことなきエリートさんね。
魔法が使えない私からすれば雲の上の存在で、憧れの対象。あれほど自在に魔法を操れたらどれほど楽しいのだろうか。想像を巡らせても、私には決して分からないことだけど。
王城にも立派な訓練場があるのに、ラインザック公爵様は二日に一度の高い頻度で王都の離れのこの場所までやって来ては、思う存分魔法を行使している。王都の中心からはかなり遠い場所なのに、どうしてなのかしら?
王城は人が多過ぎて全力を出せないから?と推測しているけれど、あながち間違いではないと思う。
公爵様はすべての属性の魔法を操り、その日によって使う魔法も様々だった。魔法の威力も凄まじく、対人で使うにはあまりにも危険に思える。
魔力を纏った公爵様からは僅かに光が溢れていて、その手から多彩な魔法を生み出す。その姿は私には神々しくて、たまに直視できないほどに眩しく見える。
訓練場はちょうど私の部屋から見える位置にあるので、その神々しいお姿をよく観察することができた。
常識離れした魔法の数々を度々目にするこの環境で、魔法を使えない私が彼に夢中になるのも仕方がないと思わない?
公爵様は一通り魔法を使うと、満足したように訓練場を後にする。長い日でも一時間ほどの滞在時間である。
「あーあ、もう終わっちゃったわ」
今日は三十分ほどで訓練が終わったらしく、公爵様は天に掲げていた手を下ろしてしまった。大抵それが訓練終了の合図なので、私は落胆のため肩を落とした。
「えっ!?」
つまらないの、と視線を外しかけたその時、凛と佇む公爵様の身体が傾いた。あっと思った時には、その逞しい体躯がぐしゃりと地に伏してしまった。
慌てて手すりを掴んで身を乗り出した私の手をエブリンが焦った様子で引いてくるけれど、それどころじゃないわ!
「ソフィア様!危ないですっ」
「エブリン!行くわよ!ジェイルもっ!」
「ちょっ、ソフィア様っ!?」
「わっ!どうしたんだ?って、おい!」
バンっと勢いよく扉を開けた私は、エブリンと、扉の外に控えていた護衛騎士のジェイルの手を引いて駆け出した。
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