魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です
第十二話 王女の企て(イリアム視点)
「……驚くほどよく眠れた」
ソフィアと寝所を共にして、眠れない夜を覚悟した俺は、予想に反してあっという間に睡魔に襲われた。
いつもなら魔力が体内で蠢く感覚に不安が押し寄せ、熟睡はできないのだが、隣にソフィアが居るからか物凄く調子がいい。
チラリと隣を見ると、すうすうと規則正しい寝息を立てるソフィアが、俺の手を両手で包み込むように握っている。なんと愛らしい生き物なのか。自然と頬も緩んでしまう。
「む…」
ソフィアのサラリとした淡いブロンドの髪が一房顔にかかっている。少し躊躇ったが、空いた方の手でそっと髪を掬い上げる。
その時、ソフィアが身じろぎをしたため、慌てて手を引っ込めた。
「ううん……イリアム様?」
「すまない、起こしたか」
ぽーっと寝ぼけ眼で俺を見上げるソフィア。ガラス玉のように淡い碧眼が俺を捉えると、彼女はふにゃりと表情を崩した。
「おはようございます。ふふ、よかった」
「何がだ?」
ソフィアはうふふふと嬉しそうに笑いながらモゾモゾと布団に潜って顔を半分隠してしまった。小動物のようで可愛い。
「イリアム様に添い寝してもらったのが、夢だったらどうしようと思っていたのですが、現実でした」
「んぐぅ…この通り現実だ」
「お陰様でとってもよく眠れました。イリアム様は?」
「ああ、俺も驚くほどによく眠れたよ」
「よかったあ」
寝起きだからか、どこかふにゃふにゃした様子のソフィアが堪らなく愛おしい。腕の中に抱きすくめたくなる衝動に駆られるが、ぎゅっと拳を握って耐える。
「イリアム様」
「なんだ?」
「もし良ければ、これからも添い寝してくれませんか?毎日が嫌でしたら週に一度でもかまいません」
「げほっ!」
純真無垢な笑顔で言われ、俺は卒倒しそうになった。
愛しい女性と毎晩同じ布団で眠るなどなんという拷問…だが、ソフィアと眠ると魔力が落ち着いて快眠できるのも事実だ。
「い、いいだろう。俺もソフィアと眠ると随分体調が良くなるようだしな」
「やったあ!ありがとうございます!イリアム様っ」
ソフィアはガバッと上体を起こすと、万歳をして喜んだ。
ソフィアは十八歳で、この国では成人を迎えている。大人びた表情を見せたかと思うと、こうして無邪気に喜ぶ様子は子供のようにも思える。
ベッドから起き上がってカーテンを開けると、優しい朝の日差しが室内を照らす。振り返ってソフィアを見ると、朝日を浴びた髪はキラキラと輝き、ガラス玉のような瞳も虹色に光って見えた。
この曇りのない笑顔を守っていきたい。
強くそう思った。
◇◇◇
「イリアム様、王宮から書簡が届いております」
「王宮から?」
ソフィアを連れて食堂に向かい、朝食を済ませて部屋に送った後、執務室に向かった俺を執事のスミスが引き止めた。
スミスは代々公爵家に勤めている家系で、俺の右腕として公爵家を支えてくれている。グレーの髪を後ろに撫で付け、燕尾服を着こなす優男だ。確か歳の頃は三十代中頃で、妻子を持つ愛妻家。俺も結婚生活で困ったことがあったら相談してみてもいいかもしれない。
「イリアム様?」
「あ、ああ、すまない。少し考え事をしていた。ありがとう」
スミスが丸メガネをクイっと上げて怪訝な顔をする。俺は慌てて書簡を受け取り内容を検めた。
「……なんだこれは」
書簡を読んだ俺は思わず低い声を発してしまった。スミスもゆるゆると首を振って、理解し難い内容だと僅かに怒りを滲ませている。
書簡の中身はこうだ。
“休職していた騎士団長へと直ちに復帰せよ
そして早速王都各地に遠征に向かうように”
期間は一月。ご丁寧に書簡には王家の印が押されている。王命だから逆らうことは許さないと暗に示しているらしい。
「用意は王家が済ませてあるため本日夕刻から出立するように、だと?ふざけるのも大概にしろ」
俺はぐしゃりと書簡を握り潰した。療養のために休職している者を王命により復職させるとは、いかに愚かな王家とはいえこのような横暴に出るとは思わなかった。
その上、結婚直後のこのタイミングに明確な悪意を感じる。
結婚間も無く仕事仕事で家に帰らず各地を転々とする。これじゃあ新妻を蔑ろにしていると誤解されてもおかしくない。ソフィアの立場を悪くする魂胆が透けて見えるようだ。
背後に誰が居るのか、容易に想像がつく。自信に満ち、下々の者を侮蔑する傲慢なあの女の視線。想像するだけで不快な気分になる。
遠征で回る地は全て魔力の暴走による死者が多い地域だ。恐らく魔力が充満する場所で、魔力量の多い俺が立ち寄ると十中八九魔力の干渉を受けて体調に悪影響をきたすだろう。
「王女め。俺のことを色々調べたんだな」
この一年、魔法騎士団を休職していた理由なんて調べれば容易に分かることだ。あの女は何故か俺を自分のものにしたがっていた。俺とソフィアの結婚が気に入らないのだろう。
だが、あの女の思い通りになるわけにはいかない。どのみち各地の様子は知りたいと思っていた。魔力の暴走の現実をこの目で確かめてみなければ。
「はぁ…ソフィアに事情を話しに行くか」
俺は重い足取りでソフィアの部屋へと向かった。
ソフィアと寝所を共にして、眠れない夜を覚悟した俺は、予想に反してあっという間に睡魔に襲われた。
いつもなら魔力が体内で蠢く感覚に不安が押し寄せ、熟睡はできないのだが、隣にソフィアが居るからか物凄く調子がいい。
チラリと隣を見ると、すうすうと規則正しい寝息を立てるソフィアが、俺の手を両手で包み込むように握っている。なんと愛らしい生き物なのか。自然と頬も緩んでしまう。
「む…」
ソフィアのサラリとした淡いブロンドの髪が一房顔にかかっている。少し躊躇ったが、空いた方の手でそっと髪を掬い上げる。
その時、ソフィアが身じろぎをしたため、慌てて手を引っ込めた。
「ううん……イリアム様?」
「すまない、起こしたか」
ぽーっと寝ぼけ眼で俺を見上げるソフィア。ガラス玉のように淡い碧眼が俺を捉えると、彼女はふにゃりと表情を崩した。
「おはようございます。ふふ、よかった」
「何がだ?」
ソフィアはうふふふと嬉しそうに笑いながらモゾモゾと布団に潜って顔を半分隠してしまった。小動物のようで可愛い。
「イリアム様に添い寝してもらったのが、夢だったらどうしようと思っていたのですが、現実でした」
「んぐぅ…この通り現実だ」
「お陰様でとってもよく眠れました。イリアム様は?」
「ああ、俺も驚くほどによく眠れたよ」
「よかったあ」
寝起きだからか、どこかふにゃふにゃした様子のソフィアが堪らなく愛おしい。腕の中に抱きすくめたくなる衝動に駆られるが、ぎゅっと拳を握って耐える。
「イリアム様」
「なんだ?」
「もし良ければ、これからも添い寝してくれませんか?毎日が嫌でしたら週に一度でもかまいません」
「げほっ!」
純真無垢な笑顔で言われ、俺は卒倒しそうになった。
愛しい女性と毎晩同じ布団で眠るなどなんという拷問…だが、ソフィアと眠ると魔力が落ち着いて快眠できるのも事実だ。
「い、いいだろう。俺もソフィアと眠ると随分体調が良くなるようだしな」
「やったあ!ありがとうございます!イリアム様っ」
ソフィアはガバッと上体を起こすと、万歳をして喜んだ。
ソフィアは十八歳で、この国では成人を迎えている。大人びた表情を見せたかと思うと、こうして無邪気に喜ぶ様子は子供のようにも思える。
ベッドから起き上がってカーテンを開けると、優しい朝の日差しが室内を照らす。振り返ってソフィアを見ると、朝日を浴びた髪はキラキラと輝き、ガラス玉のような瞳も虹色に光って見えた。
この曇りのない笑顔を守っていきたい。
強くそう思った。
◇◇◇
「イリアム様、王宮から書簡が届いております」
「王宮から?」
ソフィアを連れて食堂に向かい、朝食を済ませて部屋に送った後、執務室に向かった俺を執事のスミスが引き止めた。
スミスは代々公爵家に勤めている家系で、俺の右腕として公爵家を支えてくれている。グレーの髪を後ろに撫で付け、燕尾服を着こなす優男だ。確か歳の頃は三十代中頃で、妻子を持つ愛妻家。俺も結婚生活で困ったことがあったら相談してみてもいいかもしれない。
「イリアム様?」
「あ、ああ、すまない。少し考え事をしていた。ありがとう」
スミスが丸メガネをクイっと上げて怪訝な顔をする。俺は慌てて書簡を受け取り内容を検めた。
「……なんだこれは」
書簡を読んだ俺は思わず低い声を発してしまった。スミスもゆるゆると首を振って、理解し難い内容だと僅かに怒りを滲ませている。
書簡の中身はこうだ。
“休職していた騎士団長へと直ちに復帰せよ
そして早速王都各地に遠征に向かうように”
期間は一月。ご丁寧に書簡には王家の印が押されている。王命だから逆らうことは許さないと暗に示しているらしい。
「用意は王家が済ませてあるため本日夕刻から出立するように、だと?ふざけるのも大概にしろ」
俺はぐしゃりと書簡を握り潰した。療養のために休職している者を王命により復職させるとは、いかに愚かな王家とはいえこのような横暴に出るとは思わなかった。
その上、結婚直後のこのタイミングに明確な悪意を感じる。
結婚間も無く仕事仕事で家に帰らず各地を転々とする。これじゃあ新妻を蔑ろにしていると誤解されてもおかしくない。ソフィアの立場を悪くする魂胆が透けて見えるようだ。
背後に誰が居るのか、容易に想像がつく。自信に満ち、下々の者を侮蔑する傲慢なあの女の視線。想像するだけで不快な気分になる。
遠征で回る地は全て魔力の暴走による死者が多い地域だ。恐らく魔力が充満する場所で、魔力量の多い俺が立ち寄ると十中八九魔力の干渉を受けて体調に悪影響をきたすだろう。
「王女め。俺のことを色々調べたんだな」
この一年、魔法騎士団を休職していた理由なんて調べれば容易に分かることだ。あの女は何故か俺を自分のものにしたがっていた。俺とソフィアの結婚が気に入らないのだろう。
だが、あの女の思い通りになるわけにはいかない。どのみち各地の様子は知りたいと思っていた。魔力の暴走の現実をこの目で確かめてみなければ。
「はぁ…ソフィアに事情を話しに行くか」
俺は重い足取りでソフィアの部屋へと向かった。