魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

第十四話 王家の晩餐(ガーネット目線)

「うふふ。イリアムは無事に出立したようね」

 私は城門がよく見える廊下から、イリアムが騎士団を引き連れて遠征に発つところを見下ろしていた。

 昨日騎士団に行ってイリアムのことを調べたら、魔力が不安定になって一年前に余命宣告をされていたと知った。

 
 その時まず思ったのは『情けない』だった。

 
 イリアムはこの国一の魔法の使い手と言われている。そんな男が魔力を制御できないとは、なんて滑稽なのかしら。

 それに比べて私は王族の中でも特に魔法の腕に秀でていて、魔力の暴走とも無縁で健康そのものよ。

「ふん、騎士団長の座に甘んじて訓練を蔑ろにしていたのね。愚かなイリアム。死を前にして、血迷ってあの愚図を選んだのね」

 死が近い男などに興味はないけれど、妹とも思いたくないあの小娘――まあ十年も顔を見ていないから今会っても誰だか分からないだろうけど――を娶ったことは依然として気に食わない。私のことを軽んじているとしか思えない。

 イリアムにはわざと魔力が濃い場所への遠征を命じた。いつ死ぬか分からない恐怖に怯えてて過ごせばいい。
 そしてそこらでのたれ死んでしまえば、せっかく結婚したばかりだというのにあの疎ましい二人は死に別れる。

 ふふ、あの愚図はイリアムに先立たれて泣き崩れるかしら?それとも、唯一の支えを失って後を追うように身を投げるかもしれないわね。それはそれで面白いじゃない。

 考えを巡らせていると、口角が上がって仕方がなかった。イリアムの姿が見えなくなると、私は夕食のため大広間へと向かった。


◇◇◇

「おお、ガーネット。早う座りなさい」
「お待たせしました、お父様」

 広間に着くと、既に父のドドリアと母のローズ、そして姉のマーガレットが着席しており、テーブルには溢れんばかりのご馳走が並んでいた。
 まあ、いつもの光景なのでさして感動もないのだけれど。

 お父様は頭の上の王冠の位置が悪いのかしきりに触っており、お母様は内巻きに巻かれた鮮やかなブロンドの髪をくるくると指で弄っている。
 お姉様は青空のような真っ青な髪を頭上でお団子にし、目の前のご馳走の吟味を始めている。お姉様はお父様に似て少しふっくらしているが、それも愛嬌があっていいと婚約者である隣国の第二王子には言われているらしい。
 いずれ婚約者の王子が婿に入り、お姉様が女王となりこの国を治めることになっている。我が一族が治める限り、この国は平和を保てるに違いない。

 私が自分の席に着くのを合図に、皆一斉に食事を開始した。

「今日の会議で来年度の減税をとぬかしおってな。全く、民が貧窮しておるとか言っておったがきっと税を払いたくないがために駄々を捏ねておるのだ」
「まあ…困りましたわね。それでどうされたのです?」
「どうもこうもあるか。税率は維持に決まっておろう。民は我ら王族のためにある。作物を作り、交易を重ね、そうして得た金を税として搾り取る。これまでと何も変わらんよ」
「おほほほほ、それは良かったですわ」
「ふぉっふぉっふぉっ、何をしなくても国は回るし美味い飯が運ばれてくる。選ばれたものの特権よのう」

 お父様はそう言いながら、肉汁滴る骨付き肉に齧り付く。ボタボタと赤茶色の肉汁がテーブルクロスにじわりとシミを作った。

 お父様が会議の内容に触れ、お母様がそれに相槌を打つ。慣れ親しんだ光景ね。
 お父様の言う通り、税を下げるなんてなんと我儘な国民なのかと怒りが込み上げてくる。私たち王族の糧となれることを泣いて喜ぶべきなのに、どいつもこいつも愚か者ばかりだわ。身の程をわきまえなさいよ。

 私は好物ばかりを皿に取っては口に運ぶ。目の前ではお姉様が夢中で肉に齧り付いている。お姉様は本当にお父様そっくりだわ。

「ところでガーネットや、イリアムを遠征に行かせたとな?大丈夫なのかえ?」
「ああ、そのことですか。問題ありませんわ」

 不意にイリアムのことを問われ、私はナフキンで汚れた口を拭いながら答えた。

「じゃが…イリアムはしばらく療養していたじゃろう?急に騎士団長に復帰させて、その上遠征など…」
「うふふ、お父様はイリアムがどこかでのたれ死ぬのではとお気にされているのですね。もし本当に死んだとしても、これぐらいの遠征で死ぬような男は我が国の騎士団長に相応しくなかった、それだけですわ」
「そうは言ってものう…あやつほどの逸材はなかなか…」

 尚も渋い顔をするお父様に苛立ちを感じる。たかが騎士団長の一人がどうなろうとも、我が国は痛くも痒くもないというのに何をそこまで心配するのかしら?
 
 燃えるような怒りを心の内に隠し、表面上はにっこりと優美な笑みを浮かべてお父様に向き合う。

「お父様、イリアムは既にまともな判断ができない状態なのですよ。最後は騎士らしく散らせてあげるのも一興でしょう?私なりの優しさですわ。おーっほっほ」
「そうか、そうじゃな。ほっほ、やはりガーネットは優しいのう」

 私の言葉に簡単に納得したお父様は、うんうん頷きながら再び骨付き肉に手を伸ばした。

 食事を終えて大広間を出る頃には、テーブルいっぱいの食事の半分ほどが平らげられていた。
 残飯は使用人が食べているのか、はたまた家畜の餌にでもしているのか…私たちの食事としての役割を終えたものに、さして興味は湧かなかった。
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