魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です
第十七話 降り積もる(イリアム視点)
「はぁ、ここもか」
遠征に出て三週間。
魔力の暴走による死者が多い地域を中心に巡回をしているが、どこも決まってどんよりとした空気が町を覆っていた。
今朝方到着した国境沿いの町『リマル』も例外ではない。町にはヒリヒリと肌を指すような負の感情が立ち込めている。町の雰囲気に呼応するように、空も黒く厚い雲に覆い尽くされている。長期滞在したら気が滅入りそうなほど重々しい。
町の役場で調べたところ、魔力の暴走による死者は五年前に比べて十倍にも跳ね上がっていた。
民は減らない税の取り立てに疲弊し、いつ魔力が暴走して死に至るか分からぬ恐怖に怯えていた。
町によっては魔力溜まりができているところもあった。行き場を無くした魔力が町の闇に集まり、そこから魔物を生む。どれもいつ魔物を生み出してもおかしく無いほどの濃さだった。
こうした魔力溜まりの処理も今回の仕事の一つなので、隅々まで町を巡回しては怪しい魔力溜まりを散らしていった。
遠征先はどこもかしこも王家への不満に溢れていた。
町役場の職員も民の声を受けて何度も地方の状況を改善して欲しいと中央に掛け合っているようだが、要望が聞き届けられたためしは無いと、疲れ切った顔で力無く答えた。
「団長。俺たち、何のために存在してるんですかね」
「…民のため、国の平穏のためだ」
「ですが、守るべき民が困っているのに俺たちにはどうすることもできませんぜ。仕えるべき王家への忠誠なんて、誰も持ってやいませんよ」
「お前…城では決してそのことを口にするなよ」
「はぁ、もちろんですよ。あの国王のことです、不敬罪で簡単に首をはねかねないですからね」
やり切れないといった表情で語るのは、副団長のマリク。俺が不在の間、騎士団を率いてくれた頼もしい男だ。
深緑の髪に深い翠緑色の瞳を有する筋骨隆々とした外観は、正に凄腕の騎士といった様相だ。二の腕なんて俺の倍はあるだろう。実際に団員たちからも厚い信頼を受け、俺とも気心知れた仲だ。
「はぁ…ともかく遠征の報告では見たままを伝えよう。減税の要望は各地で上がっている。このままでは国に吸い上げられた民は十分に食ってもいけない。それにこれだけ魔力溜まりが頻繁に発生していては、いつか魔物が生まれてしまう。駐屯兵の派遣も必要だ」
この三週間、国の実状を目の当たりにした団員たちにも戸惑いの色が滲んでいる。元々王家の在り方に納得している者こそ居ないが、華やかな王都の中心で暮らす彼らにとって、地方との落差は想像以上だったらしい。
「よし、今日の巡回はここまでにしてみんな宿に戻れ。しっかり疲れをとるように」
俺の命に、「はっ!」と乱れぬ返事をした団員たちは、僅かに背を丸めながら宿へ向かっていった。濃く満ちた魔力と、暗い雰囲気にあてられているのか疲労の色が見える。
今回の遠征で最も気をつけていることが、団員たちの魔力の発散だった。
毎朝人気のない平原まで移動して、団員たちには早朝トレーニングと称して魔法を使用する機会を与えていた。大きく身体を使うことで、内に抱えたモヤモヤした感情も多少は発散できるだろう。
いつ誰が、濃い魔力の渦に飲まれて体調を崩してもおかしくはない。こうしたケアがとても重要なのだ。
我が身もそうだが、団を率いる者として、必ず全員無事に王都に帰るのだと毎朝決意を新たにしている。
遠征先に指定された地区はあと一箇所。順調に進んでいるため、予定通り来週には王都に帰還できるだろう。
「……ソフィアは元気にしているだろうか」
日向のように俺の心を温かく照らしてくれるソフィア。
彼女の明るい笑顔が、照れた顔が無性に恋しい。
「俺も宿に戻るか」
間も無く日が暮れる。あちらこちらの窓から明るい光が漏れて、暗い道を照らしている。どこからか魚を焼く匂いがして、きゅうと腹が鳴った。
生活の音や匂いに触れると、まだ町は生きていると実感して安堵する。それと同時に今の状況をどうにかせねばならないという義務感にも駆られる。
俺はふぅと息を吐くと、空腹を訴える腹を摩りながら、宿に戻る前に雑貨屋へと足を運んだ。便箋と封筒を買うためだ。
今夜もソフィアに手紙を書こう。
少しでもソフィアに安心してもらうため…という名目だが、実のところ――俺は怖いのだ。
本意ではないとはいえ、結婚間も無く妻を一人家に残すような夫だ。ソフィアの中で俺の存在が小さくなってはいないか、俺が居なくとも平気だと、そう思われてはいないか怖いのだ。
手紙を読んでいる時は、ソフィアの頭は俺のことでいっぱいになるはずだ。手紙の裏にそんな幼い下心が隠されていようとは、彼女は思いもよらないだろうが。
己の女々しい一面を目の当たりにした時は、正直戸惑った。だが、そうさせるほどにソフィアの存在が俺の一部となりつつあるのだと思うと嬉しくもあった。
『愛してる』と伝えたら、彼女はどんな反応をするのだろうか。
顔を真っ赤にして目を忙しなく泳がせるだろうか。
それとも冗談だと笑い飛ばしてしまうだろうか。
――同じ気持ちだと、優しく微笑んでくれるだろうか。
離れた時間がソフィアへの想いを強くしている。
ソフィアもそうだといいな、と曇天の空を見上げた。
時間的に一番星が煌めく頃だが、厚い雲に邪魔をされて夜空を望むことは敵わない。
公爵家に帰ったら、眠る前にまたソフィアとお茶を飲もう。ベランダに出て夜空を見上げながら語らうのもいい。
そしてまた、彼女の温もりを感じながら、誘われるままに睡魔に身を委ねたい。
あと一週間。
ソフィアの存在が俺の心を強く支えてくれていた。
遠征に出て三週間。
魔力の暴走による死者が多い地域を中心に巡回をしているが、どこも決まってどんよりとした空気が町を覆っていた。
今朝方到着した国境沿いの町『リマル』も例外ではない。町にはヒリヒリと肌を指すような負の感情が立ち込めている。町の雰囲気に呼応するように、空も黒く厚い雲に覆い尽くされている。長期滞在したら気が滅入りそうなほど重々しい。
町の役場で調べたところ、魔力の暴走による死者は五年前に比べて十倍にも跳ね上がっていた。
民は減らない税の取り立てに疲弊し、いつ魔力が暴走して死に至るか分からぬ恐怖に怯えていた。
町によっては魔力溜まりができているところもあった。行き場を無くした魔力が町の闇に集まり、そこから魔物を生む。どれもいつ魔物を生み出してもおかしく無いほどの濃さだった。
こうした魔力溜まりの処理も今回の仕事の一つなので、隅々まで町を巡回しては怪しい魔力溜まりを散らしていった。
遠征先はどこもかしこも王家への不満に溢れていた。
町役場の職員も民の声を受けて何度も地方の状況を改善して欲しいと中央に掛け合っているようだが、要望が聞き届けられたためしは無いと、疲れ切った顔で力無く答えた。
「団長。俺たち、何のために存在してるんですかね」
「…民のため、国の平穏のためだ」
「ですが、守るべき民が困っているのに俺たちにはどうすることもできませんぜ。仕えるべき王家への忠誠なんて、誰も持ってやいませんよ」
「お前…城では決してそのことを口にするなよ」
「はぁ、もちろんですよ。あの国王のことです、不敬罪で簡単に首をはねかねないですからね」
やり切れないといった表情で語るのは、副団長のマリク。俺が不在の間、騎士団を率いてくれた頼もしい男だ。
深緑の髪に深い翠緑色の瞳を有する筋骨隆々とした外観は、正に凄腕の騎士といった様相だ。二の腕なんて俺の倍はあるだろう。実際に団員たちからも厚い信頼を受け、俺とも気心知れた仲だ。
「はぁ…ともかく遠征の報告では見たままを伝えよう。減税の要望は各地で上がっている。このままでは国に吸い上げられた民は十分に食ってもいけない。それにこれだけ魔力溜まりが頻繁に発生していては、いつか魔物が生まれてしまう。駐屯兵の派遣も必要だ」
この三週間、国の実状を目の当たりにした団員たちにも戸惑いの色が滲んでいる。元々王家の在り方に納得している者こそ居ないが、華やかな王都の中心で暮らす彼らにとって、地方との落差は想像以上だったらしい。
「よし、今日の巡回はここまでにしてみんな宿に戻れ。しっかり疲れをとるように」
俺の命に、「はっ!」と乱れぬ返事をした団員たちは、僅かに背を丸めながら宿へ向かっていった。濃く満ちた魔力と、暗い雰囲気にあてられているのか疲労の色が見える。
今回の遠征で最も気をつけていることが、団員たちの魔力の発散だった。
毎朝人気のない平原まで移動して、団員たちには早朝トレーニングと称して魔法を使用する機会を与えていた。大きく身体を使うことで、内に抱えたモヤモヤした感情も多少は発散できるだろう。
いつ誰が、濃い魔力の渦に飲まれて体調を崩してもおかしくはない。こうしたケアがとても重要なのだ。
我が身もそうだが、団を率いる者として、必ず全員無事に王都に帰るのだと毎朝決意を新たにしている。
遠征先に指定された地区はあと一箇所。順調に進んでいるため、予定通り来週には王都に帰還できるだろう。
「……ソフィアは元気にしているだろうか」
日向のように俺の心を温かく照らしてくれるソフィア。
彼女の明るい笑顔が、照れた顔が無性に恋しい。
「俺も宿に戻るか」
間も無く日が暮れる。あちらこちらの窓から明るい光が漏れて、暗い道を照らしている。どこからか魚を焼く匂いがして、きゅうと腹が鳴った。
生活の音や匂いに触れると、まだ町は生きていると実感して安堵する。それと同時に今の状況をどうにかせねばならないという義務感にも駆られる。
俺はふぅと息を吐くと、空腹を訴える腹を摩りながら、宿に戻る前に雑貨屋へと足を運んだ。便箋と封筒を買うためだ。
今夜もソフィアに手紙を書こう。
少しでもソフィアに安心してもらうため…という名目だが、実のところ――俺は怖いのだ。
本意ではないとはいえ、結婚間も無く妻を一人家に残すような夫だ。ソフィアの中で俺の存在が小さくなってはいないか、俺が居なくとも平気だと、そう思われてはいないか怖いのだ。
手紙を読んでいる時は、ソフィアの頭は俺のことでいっぱいになるはずだ。手紙の裏にそんな幼い下心が隠されていようとは、彼女は思いもよらないだろうが。
己の女々しい一面を目の当たりにした時は、正直戸惑った。だが、そうさせるほどにソフィアの存在が俺の一部となりつつあるのだと思うと嬉しくもあった。
『愛してる』と伝えたら、彼女はどんな反応をするのだろうか。
顔を真っ赤にして目を忙しなく泳がせるだろうか。
それとも冗談だと笑い飛ばしてしまうだろうか。
――同じ気持ちだと、優しく微笑んでくれるだろうか。
離れた時間がソフィアへの想いを強くしている。
ソフィアもそうだといいな、と曇天の空を見上げた。
時間的に一番星が煌めく頃だが、厚い雲に邪魔をされて夜空を望むことは敵わない。
公爵家に帰ったら、眠る前にまたソフィアとお茶を飲もう。ベランダに出て夜空を見上げながら語らうのもいい。
そしてまた、彼女の温もりを感じながら、誘われるままに睡魔に身を委ねたい。
あと一週間。
ソフィアの存在が俺の心を強く支えてくれていた。