魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です
第十九話 ジェイルの言葉
エブリンは中庭の真ん中にテーブルと椅子を用意してくれていた。
既に三段構造のスタンドには色鮮やかなマカロンやクッキー、フィナンシェなどが陳列されている。艶やかなお菓子は、まるで宝石のように魅力的に映る。
私が席に着くと、エブリンはワゴンの上でお茶の用意をし始めた。すぐにカモミールの香りが鼻腔をくすぐる。私が後ろ向きな気持ちになる時には決まって用意してくれるハーブティーだ。
「どうぞ」
「いつもありがとう」
そっと目の前に置かれたティーカップは、離宮で使っていたカップ。淡い桜の花が描かれており、その温かみのある絵柄が気に入っていた。
ふぅふぅと息を吹きかけて冷ましつつ、カップを傾けてカモミールティーを口に含む。ふわりと優しい香りに包まれて、ほうっと気持ちも落ち着いていく。
「姫さん」
「なあに?ジェイル」
再びカモミールティーを口に運ぼうとした時、ジェイルに呼びかけられた。
「さっきの手紙、やっぱり燃やしちまおうぜ」
「なっ!?何を言っているのっ」
私は思わずカップをカタンと鳴らしながらソーサーに戻して、ジェイルにぶんと顔を向けた。
カモミールティーを口に含む前でよかったわ…!
危うく噴き出すところだったじゃない。
当惑する私に対して、ジェイルは飄々としていて、「そうだ、燃やそう」と人差し指を立てて指先にボッと小さな炎を生み出した。
「いやいやいや、王家からの手紙よ?内容を確認もしていないのに、そんなことしたら…後からの制裁が怖いわ。周りの人にも迷惑をかけちゃう。落ち着いて、ジェイル」
「ちっ、確かにそりゃそうか」
ジェイルは本当に残念そうに舌打ちをすると、拳を握って魔法を解除した。諦めてくれてホッと安堵の息を吐く。
ジェイルはたまに強引なところがあるので焦らされるのよね。エブリンも呆れたようにジェイルを見ている。
その時、びゅうっと風が巻き上がり、私は慌てて髪をおさえた。暖かくなってきたとはいえ、風が吹き付けると少し冷える。
「膝掛けをお持ちしますね」
「ありがとう。助かるわ」
エブリンが膝掛けを取りに室内へと戻っていく。
「ぷっ、髪食ってんぞ」
少し乱れた髪を手で整えていると、顔を覗き込んできたジェイルの手が伸びてきた。さらりとジェイルの手が頬をかすめ、一房の髪を肩の後ろに流してくれる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ジェイルは優しく目を細めて、ふと何か思い出したように微笑んだ。
「姫さんは些細なことにも丁寧に礼を言ってくれるだろう?それが離宮の奴らにとって、どれだけ嬉しいことだったか知ってるか?」
「えっ?」
ジェイルは膝をついて、私と目線を合わせてくれる。濃い茶色の瞳に私の顔が映っている。ジェイルの瞳には慈しみの色が滲んでいた。
「俺を始めとして、離宮に仕えていた奴らはみんな王城から追い出されて来た。理由なんてそれぞれだ。料理の味付けが気に入らない、ほんの少し埃が残っている、王族の視界に入った、何となく気に食わない…みんな腕は確かなのに、運悪く王家に気に入られなかった。そんな理不尽な理由で離宮に詰め込まれた使用人たちの中には、もちろん納得しない奴もいた。『何でこんな場所で、城から追い出された出来損ないの王女の世話をしなければならないのか』ってな」
ジェイルの言葉に私は何も言えなかった。
――正論だから。
王城に上がるには厳しい審査や試験があると聞く。
王城で仕えることは誇りだったでしょうに、些細なことで離宮に追い出され、王家から見捨てられた私の世話をしなければならなかったのだから、その心中は複雑だったに違いない。
でも、離宮で一緒に過ごしてきた皆にそう思われていたと、面と向かって言われるのは流石に堪える。
視線を下げて黙り込んだ私の頭をぐしゃりと撫でながら、凹む私をよそにジェイルは笑った。
「だけどな、みんなすぐに思い直した。姫さんは最初こそ泣き暮らしていたが、しっかり前を向いて自分にできることをと頑張っていた。家族から酷い扱いを受けて、幼くして一人離宮に閉じ込められた姫さんのひたむきさに心動かされた。それに、姫さんは他の王族と違って、俺たちを一人の人間として扱ってくれた。顔を合わせば挨拶をしてくれて、どんな小さなことでもお礼の言葉は忘れない。城ではいつも王族の顔色を窺い、胃が痛むような殺伐とした環境だったからな。離宮に来た奴らさ、離宮の…姫さんの側に居る心地よさに驚いたのさ。そして、この愛すべき主人に心から仕えようと誓った」
ジェイルの言葉の一つ一つが、胸を打つ。
私は離宮のみんなが大好き。
辛い時や悲しい時、苦しい時も支えてくれた大切な人たち。私が彼らを求めていたように、彼らも私を必要としてくれていたのなら……本当に嬉しい。
「居場所をなくした俺たちに、居場所をくれてありがとう」
「っ」
それはこちらのセリフなのに、胸が詰まって言葉が紡げない。
何だか感情がぐちゃぐちゃだわ。
さっきまではガーネットお姉様の手紙でかつて浴びせられた罵詈雑言が頭の中で反響し、昔の自分に戻ったように心を塞ぎそうになっていた。
でも、そんな私を外に連れ出して、このタイミングで離宮のみんなの話をするのだもの。
唇が震える。
何の感情によるのか分からないが、胸が詰まって何かが込み上げてくる。
不安?畏怖?喜び?感動?
とうとう瞬きをした拍子にぽろりと涙がこぼれてしまった。
既に三段構造のスタンドには色鮮やかなマカロンやクッキー、フィナンシェなどが陳列されている。艶やかなお菓子は、まるで宝石のように魅力的に映る。
私が席に着くと、エブリンはワゴンの上でお茶の用意をし始めた。すぐにカモミールの香りが鼻腔をくすぐる。私が後ろ向きな気持ちになる時には決まって用意してくれるハーブティーだ。
「どうぞ」
「いつもありがとう」
そっと目の前に置かれたティーカップは、離宮で使っていたカップ。淡い桜の花が描かれており、その温かみのある絵柄が気に入っていた。
ふぅふぅと息を吹きかけて冷ましつつ、カップを傾けてカモミールティーを口に含む。ふわりと優しい香りに包まれて、ほうっと気持ちも落ち着いていく。
「姫さん」
「なあに?ジェイル」
再びカモミールティーを口に運ぼうとした時、ジェイルに呼びかけられた。
「さっきの手紙、やっぱり燃やしちまおうぜ」
「なっ!?何を言っているのっ」
私は思わずカップをカタンと鳴らしながらソーサーに戻して、ジェイルにぶんと顔を向けた。
カモミールティーを口に含む前でよかったわ…!
危うく噴き出すところだったじゃない。
当惑する私に対して、ジェイルは飄々としていて、「そうだ、燃やそう」と人差し指を立てて指先にボッと小さな炎を生み出した。
「いやいやいや、王家からの手紙よ?内容を確認もしていないのに、そんなことしたら…後からの制裁が怖いわ。周りの人にも迷惑をかけちゃう。落ち着いて、ジェイル」
「ちっ、確かにそりゃそうか」
ジェイルは本当に残念そうに舌打ちをすると、拳を握って魔法を解除した。諦めてくれてホッと安堵の息を吐く。
ジェイルはたまに強引なところがあるので焦らされるのよね。エブリンも呆れたようにジェイルを見ている。
その時、びゅうっと風が巻き上がり、私は慌てて髪をおさえた。暖かくなってきたとはいえ、風が吹き付けると少し冷える。
「膝掛けをお持ちしますね」
「ありがとう。助かるわ」
エブリンが膝掛けを取りに室内へと戻っていく。
「ぷっ、髪食ってんぞ」
少し乱れた髪を手で整えていると、顔を覗き込んできたジェイルの手が伸びてきた。さらりとジェイルの手が頬をかすめ、一房の髪を肩の後ろに流してくれる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ジェイルは優しく目を細めて、ふと何か思い出したように微笑んだ。
「姫さんは些細なことにも丁寧に礼を言ってくれるだろう?それが離宮の奴らにとって、どれだけ嬉しいことだったか知ってるか?」
「えっ?」
ジェイルは膝をついて、私と目線を合わせてくれる。濃い茶色の瞳に私の顔が映っている。ジェイルの瞳には慈しみの色が滲んでいた。
「俺を始めとして、離宮に仕えていた奴らはみんな王城から追い出されて来た。理由なんてそれぞれだ。料理の味付けが気に入らない、ほんの少し埃が残っている、王族の視界に入った、何となく気に食わない…みんな腕は確かなのに、運悪く王家に気に入られなかった。そんな理不尽な理由で離宮に詰め込まれた使用人たちの中には、もちろん納得しない奴もいた。『何でこんな場所で、城から追い出された出来損ないの王女の世話をしなければならないのか』ってな」
ジェイルの言葉に私は何も言えなかった。
――正論だから。
王城に上がるには厳しい審査や試験があると聞く。
王城で仕えることは誇りだったでしょうに、些細なことで離宮に追い出され、王家から見捨てられた私の世話をしなければならなかったのだから、その心中は複雑だったに違いない。
でも、離宮で一緒に過ごしてきた皆にそう思われていたと、面と向かって言われるのは流石に堪える。
視線を下げて黙り込んだ私の頭をぐしゃりと撫でながら、凹む私をよそにジェイルは笑った。
「だけどな、みんなすぐに思い直した。姫さんは最初こそ泣き暮らしていたが、しっかり前を向いて自分にできることをと頑張っていた。家族から酷い扱いを受けて、幼くして一人離宮に閉じ込められた姫さんのひたむきさに心動かされた。それに、姫さんは他の王族と違って、俺たちを一人の人間として扱ってくれた。顔を合わせば挨拶をしてくれて、どんな小さなことでもお礼の言葉は忘れない。城ではいつも王族の顔色を窺い、胃が痛むような殺伐とした環境だったからな。離宮に来た奴らさ、離宮の…姫さんの側に居る心地よさに驚いたのさ。そして、この愛すべき主人に心から仕えようと誓った」
ジェイルの言葉の一つ一つが、胸を打つ。
私は離宮のみんなが大好き。
辛い時や悲しい時、苦しい時も支えてくれた大切な人たち。私が彼らを求めていたように、彼らも私を必要としてくれていたのなら……本当に嬉しい。
「居場所をなくした俺たちに、居場所をくれてありがとう」
「っ」
それはこちらのセリフなのに、胸が詰まって言葉が紡げない。
何だか感情がぐちゃぐちゃだわ。
さっきまではガーネットお姉様の手紙でかつて浴びせられた罵詈雑言が頭の中で反響し、昔の自分に戻ったように心を塞ぎそうになっていた。
でも、そんな私を外に連れ出して、このタイミングで離宮のみんなの話をするのだもの。
唇が震える。
何の感情によるのか分からないが、胸が詰まって何かが込み上げてくる。
不安?畏怖?喜び?感動?
とうとう瞬きをした拍子にぽろりと涙がこぼれてしまった。