魔力が強すぎる死にかけ公爵は、魔力ゼロの出来損ない王女をご所望です

第二話 魔力の暴走

「いたわっ!」

 屋敷から勢いよく飛び出した私は、一目散に訓練場を目指した。
 公爵様の魔法により、地面のところどころが焦げたり凹んだりしている。その中心でうつ伏せに倒れる公爵様を見つけて駆け寄ると、その身体を仰向けにしようと試みた。

「痛っ」

 公爵様の身体に触れると、バチッと鋭い痛みが走った。パチパチと静電気のように魔力が帯電しているようで、ピリッとした痛みが身体を巡る。
 だからといって苦しんでいる公爵様を放ってはおけない。

「うぐ…お、重い…」
「姫さんの力じゃ無理だ。退け」

 ひーひー言う私を押し退けると、ジェイルが公爵様の身体の下に自身の身体を滑り込ませて、ゆっくりと仰向けた。

 ごろんと転がった公爵様の顔面は蒼白で、びっしょりと脂汗をかいていた。意識もなく、浅く呼吸をしながら苦しげに表情を歪ませている。さらりとした濃紺の髪も、汗で額に張り付いている。

「ど、どうしましょう!医務室へお連れしたいけど無闇に動かすのは危険かしら…と、とにかく楽な体勢にしましょう」

 私はドレスが汚れることも厭わず、地面に膝をつくと、よいしょと公爵様の頭を膝の上に乗せた。電気がピリピリと肌を刺すが、公爵様の苦しみを思えば耐えられる。
 エブリンが差し出してくれた真っ白なハンカチで公爵様の汗を拭うと、ほんの少し、公爵様の表情が和らいだ気がした。

「屋敷に戻って侍医を呼んで参ります!ジェイルはソフィア様の側を離れないで」
「おう、任せろ」

 おろおろ慌てる私をよそに、エブリンは素早く建物に戻って行った。いつも冷静なエブリンは本当に頼りになるわ。

 私は公爵様の手を取り、どうかご無事でと祈りを込めてギュッと握り締めた。その手はすっかり冷え込んでいる。体勢を変えたからか、公爵様を纏っていた電気は徐々に落ち着いてきた。


 ――まさか死ぬなんてこと、ないわよね?


 どくどくと心臓が嫌な音を立てる。生きてほしい。目を開けてほしい。ずっと憧れていたあなたが居なくなるなんて耐えられない。あわよくば、お友達になってお話がしたい。魔法が使えない私に、あなたが見る世界を、色んなことを教えて欲しい。

 私はただひたすらに公爵様の手を握った。

 ああ、エブリンはまだかしら?早く、早く……!


 ――その時、ぴくりと公爵様の瞼が僅かに動いた。

「う……」
「こ、公爵様っ!?ジェイル、公爵様が目を覚ましたわ!」
「見ればわかる、身体に障るから少し静かにしろ」

 思わず叫んでしまった私は、ジェイルに冷静に諭されて慌てて口を両手で押さえた。ジェイルは傍に片膝をついて、私の肩越しに公爵様の様子を確認しているようだ。

「俺は……生きて、いるのか?」

 まだ虚な目でぼんやり視線を彷徨わせる公爵様。その瞳は深い海の底のような濃い碧色をしていた。
 魔力が強いほど瞳の色が濃くなるため、いかに公爵様の魔力が膨大かが見てとれた。ちなみに私の瞳はガラス玉のように淡い碧眼をしている。

「ら、ラインザック公爵様…?」

 恐る恐る声をかけると、公爵様は声の主を探すように視線を動かして、ゆっくりと私をその瞳に映した。

「あなたは……」
「ソフィア様ーっ!侍医を連れて参りましたっ」

 公爵様が口を開いたその時、バタバタと後方から誰かが駆けてくる音がした。エブリンだわ!振り返ると医療道具を詰め込んだ鞄を両手に抱えた侍医のロイを連れていた。

「これはっ!ラインザック公爵様ではありませんか……!大変だ、少し失礼いたします」

 ロイは公爵様を一目見て顔色を変えると、早速診察を開始した。

 首や手を握って脈拍を確認し、指で目を開いて瞳孔の様子を確認していた。私はどきどきとその診察結果を待った。

 この場でできる簡易的な診察が終了し、ロイはほうっと息を吐いた。

「魔力の暴走ですね。危うく命を落とすところでした」
「そ、そんなっ」
「ですが、不思議と魔力が落ち着いております。一度暴走した魔力を抑えるのは並大抵の力では難しいのに…ともかく、少し休めば大丈夫でしょう」

 ロイの言葉に、私は肩から力が抜けた。

 よかった……
 確か本で読んだことがあるわ。強過ぎる魔力は、時にその人の身体を蝕むことがある、って。公爵様ほどの実力者だもの、その魔力量は想像を絶するに違いないわ。魔力がない私にはその苦しさがどれほどのものか想像もつかないけれど…

 もしかして、この場所で魔法を放っていたのは、多過ぎる魔力を発散するため……?

 公爵様も安心したのか、再び重たそうに瞼を閉じると静かに寝息を立て始めた。



◇◇◇

 その後、屋敷から担架を持ってきて公爵様を医務室へと運んだ。

 私は公爵様が心配で、ずっと側についていた。

 公爵様はすやすやと寝入っていたが、次第に顔色も良くなって、なんと夕刻には立ち上がれるようになっていた。


 ――そして私は今、屋敷の扉の前にいる。

「世話になった。あなたは命の恩人だ」
「そんな…大袈裟です。その、どうしてもお帰りになるのですか?」

 まだ万全ではないだろうに公爵様は帰るとおっしゃる。離宮の屋敷は大きくはないけれど、客人を泊める部屋ぐらいはあるし、一応は王家の使用人達が高い生活水準を保ってくれているから、料理も美味しいし布団もふかふかよ?

「ああ、もう随分と落ち着いた。これほど体内の魔力が穏やかなのは久しぶりだ。後日改めてお礼に伺う……色々と聞きたいことや確認したいこともあるのでな」

 公爵様は意味深なことを呟くと、じっと私の顔を見つめた。どういうことかと首を傾げていると、公爵様が口を開いた。

「ところで、名前を聞きそびれていた。知っているとは思うが、俺はイリアム・ラインザック。あなたは…?」
「あっ!私ったら名乗りもせず…失礼しました」

 公爵様に言われるまでそのことに気が付かないなんて、なんという無礼者なのかしら!

 私は慌ててドレスの裾を掴んで淑女の礼をする。離宮の外の人と挨拶する機会はないから、ちょっぴり緊張してしまう。上手にできているかしら?
 その上、ずっと公爵様についていたからドレスは汚れたまま。そもそも動きやすいデイドレスだし…憧れの人の前でなんという格好をしているのかしら。せめて着替えておけばよかった…!

 心の中でぐおおと身悶えしつつ、私は平静を装って恭しく名乗った。

「申し遅れました。私はソフィア・ルイ・マルセイユでございます」
「……マルセイユ、だと?」

 私の名前を聞いた公爵様の目はみるみるうちに見開かれていく。流石に王家に繋がる者だと分かったのだろう。
 だけれど、公爵様は顎に手を当てて少し考える素振りを見せた後、小さく息を吐いて首を振った。

「……今は余計な詮索はしないでおこう。いずれ、また」

 公爵様はそう言うと、颯爽と離宮から立ち去った。
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